日本語にて記載いたします。

 

多方面にわたる衝突を避けるための努力が緊急の度を増して大事かと存じます。衝突が予想される場面でも対話を継続する意思を持つ人物を守らねばならないと感じるものもいるようです。”対話”というものはデジタルのテクニックではなく、人と人との約束をベースとして行動を組み立てることのできる行為にかかわると認識しています。”情報戦争”のような論点には否定的な態度をもつことが当然かと信じています。ここで契約とはデジタルを含んではいますが、口頭(口語)でも、書面でも、通用をするthe old normalを否定することのない概念であることを意図しております。私どもの感覚では、市民性と政治的言語の対立を日々目にしています。政治的な発言の背景には、人々のもつ感覚を最大限発揮する言語が望まれていると考えています。適格な人物が力を持つべきだと、曖昧ですが、信じます。

 

インテリジェンスという言葉について、知的好奇心を加速させていく感覚をもつ人を無視してはいけないと感じます。そのため使用を抑制、制限していく言葉を、特にメディア的にですが、選択していかなければならないと感じます。その感覚とデジタルの加速が連続して際限のない職業人の先鋭化に向かっていると感じます。旧世代の政治家はデジタルの職業を経験せずとも、その用語の意味を体感していなくとも政策のみを推し進めなければならない感覚になっていますので、そのデモグラフィーの影響を真っ向から社会が受け取っています。

 

ある言い方ですが、セキュリティー条件が絡まりあった状態があるために、欧米から反発と切り離しを要求される状況になっていると感じています。耳の痛い言葉ですが、確認していただきますようお願いいたします。