キャリアの方針を立てることは、大学生であれば卒業論文と並行してなすべきことだと考えることが普通。しかしこの時、家族関係だけでなく自分自身と向き合うことになりストレスを感じることが多い。この方針でいこうとしても、“保守的“な家族なら別のことを要求してくる可能性がある。そして、仕事を始めても同じように家族との軋轢を抱えたまま続けることがある。結論としては、仕事に向かうか、結婚に向かうかという二択を迫られていたというのがこの時代だった。今は、移住を含めてもっと幅広い選択肢があるけれども、過去においては民主社会といえども生きていくことは考え方を整理することで、まとめると、またさらに別の課題が降ってくることもある、という傾向があった。

 

まとめないとなると、一気に拡散し、行動の管理ができなくなる。他にも言い方があるが、このように言う。ルーティンワークであっても同じような管理ができる。その場合(ルーティンワーク)、日常が判断の連続になり、逆の状態が発生する。このときに、息抜きが必要だが、根本的には同じ対処でも構わない。だが、周りに影響が出るとみなされる。これらのことを3年以内に学習をする。これが理想で、このようなことを経ずして仕事ができるようになるとは思わない方がいい。ところが、ストレスがある。だから遊ぶ。

 

君の場合、ストレスへの対処が下手くそなだけではない。飽きてしまう。知的好奇心だけでやってきた人材なだけに、新しい学びがなければ意味がないと感じてしまう。だから、まとめると、と言う表現を使うが、結局日々をどのように過ごすかが問われることになる。つまり仕事がなくなる。このようなことが繰り返される。