どのような状態にもっていくことができるか。自分が成長する間にどのようなことが起こるか。そんなこと逆算したことがあるか。就職活動のとき、「5年後、10年後を考えて。」と言われ、何が言いたいのかわからないなんて感じたことがあるだろう。それは山の頂にいると勘違いをしていたためであり、そこから先は下り坂ではない。上に登っていくこともあるし、平行の道もある。さまざまなトラブルを予期して行動しなければならない。こんな具合である。私たちにはわかっている。でも、実際の学生はちんぷんかんぷんなことがある。例えば、極論への対処。そんなことはできるかできないか。これも罠の一つ。でも、見えていないでしょう。人が潰れるとか復活できるかどうかとか、そんなことは極論ではないが、二軸的な考えは両方とも実現しないと感じるのが通常である。裏側はこのようである。

 

ところがそれでは臆病である、と言われませんか。いわゆるバランスだけで成功しないと言われるのはなぜでしょうか。成功しているように見える。でも人って評価しているかどうかって別のこと。何も難しいことに挑戦してほしいといっているわけではありません。けど、目標って何と言われるとちょっと違うと感じることがあります。確かにぶれない。すごいが、できる人は珍しいだろうな。つまり、自分は山の頂に乗せられている。それもわかる。でも、責任がないなんてことはない。そう。将来的に引っ掛かるものがある。セキュリティー。自分の家族と今後の未来と計画。自分はいいけど、どこまで守れるか。取捨選択するか。それでは誰かたちと同じだろう。