前回のマネジメント・コードというものは、「マネジメントされる側のコード」ということです。テレパシーというものがあったとするならば、極限の環境で生活をしていた自分にたいして、最終防御案を提案されたのはNATOのテレパシーのような気がした。ということです。奈良の病院でのことでした。
冷静に戦略を議論する環境にありませんので、現在disciplineについて明確な意見などありません。アジア太平洋はまさに地球の裏側に相当するため、一方で適用できることがもう一方では難しい結果に終わることもあります。人権状況は、ある観点では同じかもしれません。しかし、アジア圏はより複雑な(文化圏の)ため、できるだけ慎重な対応が求められると考えております。
現在の論点について特に言及は控えます。課題について相互の論点確認を含めて、進捗があればいいことだと思っています。外交は基軸を必要としていると思います。
以上となります。