前回のAK27まで続くseriesについてですが、みなさま驚かれたように思っておりますが、もう少し丁寧な表現とupdateを少し必要とする箇所があるように感じました。個人的な表現ではございますが、わかりやすく、できるだけ意図を明確にするようお伝えしていきたいと、そう思っております。残念なことではありますが、日々のニュースに触れるにつれ、非常に繊細な感情が様々な当事者の間で交わされます。オスプレイの事故の件についても、私にとってもあの場所は苦い思いをしたところであり、なぜポイントを得て今回のようなことが起こるのか、不思議に思っています。
まず、私達の家族で常に議論になっていたことですが、こちらの問題点は、その善悪が掴みづらい部分にあると感じていたことは確かです。そして戦後まもない時からある数多くのメタファー、今でこそ例別と判断されておりますが、過去にも出資のようなもののてことして、名前の拝借ということは日常的に行われておりました。
そこで、一旦は考えの基軸をとるために、2点を決定的な観点と捉えて、考えるよう指示をいたしました。
・和歌山県が戦後処理の段階、「都道府県別経済発展計画」から、
いつの時代からか外れてしまったこと。
・田島祐義の占領統治に対する理解が至らなかったこと。
僭越ながら、このように考えておりました。
実際に家系の問題は機微に触れるため、発表しづらいことがあります。ドラマになればいいけれども、そのように捉えられない場合後味がすごく悪いのです。特に日本は近年そのような時代になっていました。「ガラパゴス化の背景」の中で、分野ごとの乖離が激しくなり、お互いの立場が把握しづらくなる。夫婦間でもよく言われることがありました。
個人の恋愛物として、この人物だけが異色の経歴を家族の中で抱いており、他人に対して通常求めてはいけないものを、求めざるを得ない立場に追いやられてきました。そのためもあって、家族から排斥されるような結果になってしまった。事実はさらに複雑ですが、そのようなストーリーを描いていたものもおりました。
現実は、さらにバランスが悪く、どちらかといえば右翼的な感覚の方が性に合う。そんな青年期、壮年期と呼べるものがあるとすれば、そうなる。そのように感じる。マネジメントからすれば当然のようにそう見える。今もそうでしょうか。ゆえに、海外の機関、組織が本人に手を貸すということが変に映ることもある。そんな感覚をお持ちかと考えています。(いました)
本人に何の見返りを期待していたかと聞かれれば、おそらくこのようになるでしょう。大体お分かりかと思いますが、「わかりやすく説明を行うこと」です。いかなる状況に陥ろうとも。そして、もう一つは、解決のつかない問題について発信を当事者を核として行うことで、情勢をコントロールすることです。過去、入院をしていた時期に、解決策のつかない問題を放置していたために、混乱に拍車がかかったと分析をしていました。種子島に入院をしていた時期に件のウクライナ戦争が起こりました。もちろん理由はいろいろありますが、無発信は混沌を助長するのみです。
ところが、当初数年前に沖縄県に移動させ、いくらかの供給品をはじめとして、きっかけを与えた経緯とは違う。そして、ここまでの状況になったことは幸か不幸か分かりかねますけれども、常に発信に関してはcontroversialになってきたこともありますし、どういう発信と行動が効果的であるかわかってきたということはいくぶんかございます。
この項ここまで。