これまでのブログを書いている内容から考えまして、新聞などのメディアの方向性は外国と関わりのある人たちという内容や、インクルーシブな論点、そして地域性の考えに近づくことを許容しなければならないかと思います。当然、メディアとしてはそれだけでは幅広い考えを全てカヴァーできませんので、さまざまな点を同時にもりこまなければ冊子として不足するという状況があります。しかし、メディアにオーダーする権利が私はありませんでしたし、メディアのMの項目を記載しても反発が強く達成できませんでした。これが国連とどう関係あるかという論点はさておき、わたくしの点からのメディアに対する思いのようなものをいずれ述べる機会があればよかったと考えてはいます。そうすると枝分かれ方式になり無限に増殖していく感覚で嫌な思いをする方も多くおられますし、ここでは控えますが、自分でメディアも訴訟もできない現状からやっぱり少しは確認させていただきたく、考えております。よろしくお願いいたします。

 

ここで国連の状態を書きますと、幅広く迷惑がかかり実際のオペレーションに多大な影響を与えます。日本は非常任理事国であるときも、ある、常任理事国入りの方向に進むことを目指している。そして、欧米を歩調を合わせる形で拒否権を含め、「国連に関与している」、このような事実関係の把握でしょうか。下部組織にはそれぞれの立ち位置の観点があり、トップマネジメントが働いている。そうですね、実際ここから見ると、国際組織というものは現実的に2020年以後、トップの影響が非常に大きかったでしょうね。そんなふうに感じてきました。特に国連の関与する組織はそのような雰囲気だったと思っておりました。対して、インターポールや(国際的な)銀行は、トップマネジメントの顔が一向に出てこなかったように思います。どちらかといえば、責任を押し付けてコロナ対応や経済政策をする形がメディア受けしていましたし、あやふやなことを言っても、「誰が言ってる、彼が言ってる」という噂内容になってしまいますので、どうしようもなかったかもしれません。しかし、現実的にトップレベルが全てを理解していることは今の時代はなく、政治判断が主な手段になってしまっています。ここに至って、優れた科学的なキャリアを持つ人物が突然政治判断を迫られるという時代が、到来してしまったわけです。

 

これをどう見るかというより、周囲のサポートがあろうがなかろうが、顔を出された人物は政治判断を行わなければならず、それはin a senseで言うと、このように報道に露出してしまった自分にも当てはまるのではないかと考えるわけです。でなければ潰されてしまう。そして、その他の人たちの顔は逆に見えなくなってしまっていたわけです。過渡期的なものなのかというとなんともいえません。未来はわからず、この先の状況にどのような、戦争を含め事実が待っているのかわかりません。しかし、考えをまとめるというか、権威主義的な感覚とその傾向はこのようなアンバランスさにある、と思うわけであります。事実、民主主義国家でもフィギュアが決定を下さねばならず、失敗だと思っても口にはできないわけです。代わりにあそぶ。モジュール的な人生や学問が進行していく、という流行があるわけです。随分と踏み込みましたが、どう考えても失敗を口にできない人も多くおられるということを代わりに代弁させていただきました。私の周りにも苦しんでいるかたは多数おられますし、救済がなぜいらないのか、道義的人道的というよりも、雰囲気として暗くなってしまうからです。社会全体がです。