NATOの議論になったとき、自分のマネジメント・コードが議論となりました。本来的にNATOはアジア太平洋の部隊と完全にコンセプトが違い、主敵とされる相手国も異なります。したがって装備をはじめ、対応する機器や人権感覚さえも異なります。結果的に外交ルートから表面上は消えましたが、両側を管理する米国にとって大きな人事に発展するため、日本側では外したかったというのが本音だと思います。(私は)情報についてもこちらは対中、対北朝鮮であるのに対して、向こうは、、ロシアあるいは中近東を主眼としたものになっていると推測されます。加盟国の数や備品の配備についてもやはり異なります。昔Harpoonというゲームを父がしていましたが、たとえば、海軍にとってあのような感覚ではないでしょうか。私にとって未知の領域ですが、科学的な観点では、全く別のルート、ルールがあると、こちらにしても推測します。

 

興味を持った方がいいと思っておりますのは、科学的な観点で、決して戦略的な観点ではありません。文体の問題にしてもですが、欧州方面の一般的感覚が入ってくれば、北米と混乱してしまいます。新聞記事の感覚が不思議なものになったのを覚えています。この棲み分けが日本社会で非常に大事であったと改めて思い起こさせました。日本語とは不思議なもので哲学がinnerにある。そして万人が納得する文章などないのだと思います。科学的な状態に話を戻せば、彼らはドイツ、フランス、イギリス、スイスなどの全ての加盟国(先進国が多く)の結論的なマテリアルが方法に入っており、こちらをサンプル化して輸入をすれば製薬関係の発展にも結びつくはずです。わたくしの国は、人事で、中国、米国、欧州と企業が確実に分けなければ議論が滞ってしまいます。このような総合的な見方が現実にございます。

 

欧州方面の部隊を直接アジア太平洋の日本側につなぐことは難しいかとずっと考えておりますけれども、例えば自衛隊との共通訓練や多国籍間のオペレーションでとどまった方がいいのか、このあたりが判断の分かれ目になるかと思います。特に、東京方面の論法では果てしなく上方へエスカレーションしていくtendがありますので、こちらにアジア軍をかけ合わせて無敵の部隊を作り上げるような、ある種満足が前提となるような状況は危機感を感じました。本来の目的は奈良の本人件(テレパシー)でNATOのシークレット・コードが介入してきたという経緯があり、意図を確認したかったということがございます。ロンドンや欧州においたハードウェア介入の件についても意図の分析の側面があります。直接のNATOとの連携については対中方面に不安感をかなり与えておりましたので、各国の水準で留まるべきかと思っております。この項はここまでとします。