手紙を書いております。社会には明確でないことがあります。責任の所在ということだけでなく、誰が決定を下しているのか、誰の発案か、どのように意思決定はなされるのか私たち一般市民は分かりかねます。例えば、件の目標に対しても、もしかすると第7艦隊の目的と合致するもののように例題上は思う我々であります。そのように政策の裏側には官僚だけでなくいわゆる「意思決定者」がかかわり、そして下流にいわゆるニュースがあります。New Ireland, England, Wales and Scotlandのことではありません。はい、そのようです。もともと、「複数含意」または「例別・引用」という問題はありました。官僚だけでなく、海外でも通常のものとしてsettleされているものでありました。報道はあくまで表面のようです。
そうですね、例えばSISにしても、Secret Intelligence Service なのか Secret Information Serviceかもしれません。こんなこと言っていいのかどうかわかりませんが。これは、或いはインフォメーションです。例えば、私は夢を見ます。中国ではこのように言うそうです。「友よ、中国はもうすぐそこだ。国は、心の中にある(或る)」村上春樹の中国行きのスロウ・ボートは、このようです。「友よ、ああ友よ、中国はあまりに遠い。」これは、方針流儀という文章です。一般論の先の最終者と同点です。本来ならば差し上げるはずのない「公僕の論理」ですが、ここでお見せしました。
本日は訓練があったようでありました。UNCというものがかつてありました。その後国連大学が東京につくられました。UNは、United Nationsですが、commandがcollegeに変わったようでした。その頃から作成された文体ですね。このようなものは家系と関係があります。能力のある職員が大使館に務め、主体論を形成していく、文章はだんだんと洗練されていく、そのような環境です。この(ような)内容は普通話すことができないものですが、「君たちはどう生きるか」に対する一つのanswerではいかがですか。