重要なのは違和感かもしれません 。何かが違う、と感じるセンス。家族に対してあまり肯定的な感情は感じなかったし、そのように大学生のころに言いました。しかし、論理的に説明することがとても難しい。その難問が、今まで時間を使った原因です。「論理的」と言う言葉も、少し違う。感覚的といっても、また今の意味は少し違う。若者に求める言葉として、非常に難解です。難しくいうしかない。
自分史のようなものは、とりあえずここまでです。
体験をベースとして、確認しながら「学習」を行うことは、まあ、控えめな表現ですが、初めてです。しかし、それが悪くも利用された。こちら側から言うと、そのようになる。どうしてもそのようになる。
だから、元来革新的な人間でない。かなり保守的な地域で生きてきた感覚を持ちますし、日本の制度、歴史などについて普通の教育を受けてきた。家族自体が保守的で、かなり硬い。自分も堅実な人生をできれば望んでいた。だが、家族とは一歩出た形でです。ともあれ、チャンスは今まで何度もあった。しかし、感覚的な制御が自分では難しかった。生活や通常の意思疎通においてです。