村上春樹さんの最新長編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の、ややネタバレを含む感想です。ご注意ください。
また、読み立てホヤホヤの現時点での感想なので、色々とご容赦ください。
まず、表紙について。
表紙はタイトルから想像して、モノトーンなのかなと思いましたが、カラフルなロウソクの絵が。
これは、アメリカの抽象画家のモーリス・ルイスという人の「Pillar of Fire」という絵だそうです。
なぜモーリス・ルイスの作品の中から、このろうそくの絵を表紙に選んだのか?
ロウソクから連想すること。
お誕生日。
祈り。
ロウソクで死者の魂を慰める。
また、ろうそくと「巡礼」は何となくリンクするような気がしますね。
巡礼者が聖堂を参拝するときに、蝋燭の火を灯すような。
ここで毎度おなじみウィキペディアを見てみると、
キリスト教の儀式においても用いられ、多くは光の象徴として用いられる、と考えられています。死者のための祈祷や復活祭の祈祷では手に灯りをともしたろうそくをもって礼拝に参加する(ウィキペディアより要約)。
そして、
日本の仏事においてもろうそくは欠かせない道具となっている。お盆やお彼岸におけるお参り、寺社参拝時には線香とともにろうそくを燭台に立てるのが一般的である。このろうそくの淡い光は仏の慈悲によって人の心を明るくするものとも、先祖が子孫(つまり立てた本人)へ生きるための光を導き出す一種の道標ともいわれている。
とも書かれています。
また、Pillar of Fire、直訳すると「火の柱、火柱」となるのですが。
旧約聖書の「出エジプト記」の第13章の21節と22節に、このような記述があります。
(13-21)And Jehovah went before them by day in a pillar of cloud, to lead them the way, and by night in a pillar of fire, to give them light, that they might go by day and by night:
(13-22)the pillar of cloud by day, and the pillar of fire by night, departed not from before the people.
出エジプト記で、モーセとイスラエルの民はエジプトを脱出し、約束の地であるカナンへと向かいますが、その旅路を主が昼は雲の柱で、そして夜は火の柱(pillar of fire)でモーセたちを導いたということです。
これらのことからこの蝋燭、pillar of fireはまさに私たちを導くもの、希望の光を示しているのかもしれません。
このことは、かなり作品と関係してくる気がします。じっくり考えてみたいです。
次にタイトルについて。
主人公の多崎つくるの「多崎」は、「多くのポイント、分岐点」という意味があるようです。
このことは彼の父親の生い立ちからも明らかになります。
そして「つくる」とは文字通り、彼がものを作る仕事をしていることにも関係します。
また「色彩を持たない」というのは、多崎つくる以外の登場人物の多くが名前のなかに「色」が入っているから、という意味もあります。
「巡礼の年」は、フランツ・リストのピアノの独奏曲集。
特にその中の、セナンクールの小説『オーベルマン』を主題にした「郷愁」 Le mal du pays が作品でも重要なキーワードとなっています。
これらのことは全て、それだけではない意味がありそうです。
続いて、帯について。
「良いニュースと悪いニュースがある。」
という作品の中の一文が使われています。このことばは『ノルウェイの森』でレイコさんがワタナベに送った手紙にも出て来ましたね。
これはすべての物事には良い面と悪い面がある、ということではないと思います。
実は、良いニュースなんてひとつもないのかもしれない。
それでも私たちは、前に進まなくてはいけない、ということだと。
なぜこの一文を帯に選んだのか?
このこととあわせてじっくり考えてみたいです。
そして、3.11についての言及の有無について。
これは作品の中では直接的には触れられてない、と書きましたが。
一箇所のみ言及しています。すみません。
ただ、特定の地震を指してはしていませんが、これはフェイスブックやtwitterという単語が出てくることから、3.11の地震と考えられそうです。
このことから、舞台設定が2011.3.11以後の日本、ということになります。
そして、直接言及しているのはその箇所のみですが、全体を通してかなりはっきりとした、力強いメッセージが込められています。
これは口では簡単に言えないので、是非実際に読まれて、村上春樹さんからのメッセージを感じとってください。