愛知県立芸術大学 デザイン専攻の自己推薦課題は、
過去の作品と課題作品をA3ファイルにして
提出することでした。
今回の課題は、"みっともない"について、
3つ作品を提出しなければなりません。

みっともない?
みっともない、うん?
みっともない・・・

私は、芸術大学なんて、今まで無縁で生きてきましたので、
なんとも突拍子のない課題に感心したものでした。
娘は、どうやって表現するのでしょう。
過去の作品は、高校美術部の時や、
私の仕事の算数紙芝居やらがありました。

しかし、課題は、
この1ヶ月で全て作り上げなければなりません。
調理師学校から帰ると、
すぐに自室に入ってずっと出て来ません。
毎晩、明け方近くまで作業は続いたようです。
娘が留守のある時、娘の部屋に入ると、
羊毛フェルトで作った牛や犬やブタがありました。

私は、正直、こんな子供騙しのような作品では
ダメだと思いましたが何も言いませんでした。

締め切り前日になって、娘が赤い目を腫らして、
USBを持って自室から降りて来て、私に言いました。
「お母さん、やっとデータができた。
これを今からコンビニでA3で印刷してくれない?」
私は、お安い御用だと言い、コンビニに急ぎました。
夜中の12時くらいでした。
それから1時間ほどかけて印刷をしました。
実に32枚ものファイルがありました。

次々に出力される色鮮やかな作品を見て、
娘の今までの全てが詰まっていると思うと、
心臓の鼓動が激しくなり、生汗が出ます。
汗の手で印刷物を汚してはいけないと、
私はハンカチで何度も手を拭くのでした。
「この子は、なんて子なんだ。」
私は、心の底から思いました。

小学生の頃は落ちこぼれでした。
遊ぶ友達はいません。
いつも一人で学校に行き、
一人で帰宅し、
一人で遊んでいました。
そんな存在は男子のからかいの標的でした。
全校生徒の前で、男子のいたずらで着席するイスを引かれ、
尻もちをついて笑われました。

中学の頃は、部活のテニスを熱心にしていました。
部員がさぼる中、一人で壁打ちをして、休みの日も
ずいぶんボール出しに付き合わされました。

高校の頃は、部活の美術と勉強だけをしていました。
友達とカラオケに行ったこともありません。



最後に印刷したのは、あの羊毛フェルトの動物を写真に撮って、
"みっともない"の課題作品に仕上げていました。




ことりさんのズバっとインタビュー
「あなたにとってみっともないこと」をテーマに牧場で
ことりが色々な動物にインタビューしているのです。



テレビアイドルに夢中で二次元にしか
興味がないうしさんの場合は、
「好きなものは好きと言えないこと。」だそうです。




カラフルな色に染めたお団子スタイルの頭を
持つアルパカさんの場合は、
「決まってるわ、お洒落じゃないことよ。」と言い切ります。



ゆとり世代の草食系男子であるいぬさんの場合は、
「仕事とか恋愛とかガツガツするとこかなぁ。」と言います。




巻くだけダイエットをしたブタさんの場合は、
「ぶくぶく太って醜いことよ。」と痩せることに必死です。

最後にひつじさんは、こう言います。
「自分がみっともないと思ったことを、
面と向かって言えないことです。」と。


私は、この世相を表した"みっともない"作品を
ポカンと見ていました。
というかあまりに私の理解を超えていて、
その価値がその場では分からなかったというのが事実です。

しかし、考えてみれば、あの最後のファイルには、
娘が今まで生きていた全てが込められていたのでした。

小学校の時は、塾や習い事や、おまけに友達と遊ぶことを
しなかったので、膨大な暇な時間が娘にはありました。

そこで娘は何をしたかというと、
色紙でミニチュアレストランを作ったり、
フェルトの動物を手作りして劇を考えたり、
お家新聞を書いたり、ぬいぐるみをモデルに
自然の中で写真を撮ったりしていました。
装飾に待ち針やボタンを使うことも娘らしいです。
あるものを工夫して別のものに仕立てる。
なければ他のもので代用したり、作ったり・・・。
全ては遊びの中で、培われたものでした。

まさにこのファイルは
娘の一人遊びの集大成でした。

自己推薦の結果は、合格。

受験者72名の中の合格者10人の
狭き狭き門から通ることを許されたのです。



入学した年、娘が、珍しく
Facebookに投稿した文があります。
全文を載せます。


「21歳になりました。

…といっても先月のことですが。

でも先日部活でお祝いして頂きました!

ありがとうございました。

家族以外の人にケーキ囲んで自分の誕生日を祝ってもらうのは

初めてだったのでとても嬉しかったです。

またtwitterやFacebookのタイムライン、ケータイへの

おめでとうメッセージありがとうございます^

去年の今頃は、ちょうど自己推薦で大学に合格して

喜んでいました。

でも誕生日は発表前でとにかく受かっていてほしい気持ちで

いっぱいでした。

年いらないから合格くれぇえええええっ!!!!!て感じです。

正直あのとき後はなかったです。

いえ道はいろいろありました。

それは現役時代、大学落ちていくとこなくて真っ暗だったけど

それでも進む道があったこと存在しているという事に対して、

自分に適しているにしろ適していないにしろ必ずどこかに繋がる道が

あることを知りましたから。

それでもあのときしかなかったと思います。

19歳の秋に愛知県立芸術大学デザイン科の自己推薦枠を見つけ、

1ヶ月間、調理師学校での小倉駅麺祭り・エコライフステージ・

2週間の給食施設での校外実習をやりつつファイルを仕上げました。

(校外実習は家から2時間かかるところで

朝7時スタートの睡眠2時間でした。)

どんなにきつくても欲しい切符だったんです。

過ぎ去った今ではあんなにきつくて結果なんてまったく分からなくて

むしろ絶望的でもあったのに、わざわざ道なき道を選んで、進んで、

やってよかったと思います。



私がやりたいことは人の役に立つことです。

これがずっと根幹にあります。

逃れようとしても逃れられない。


人の役に立つというのは「人」のみが満足してもダメだと思います。

どちらか一方のみが満足しているのならそれは傲慢でエゴで偽善です。

「私」というのも人でその「私」にも人の役に立つという行為を

先の先まで継続して行けるような充足感が必要であって

「私」と人は平等で対等でなければならないと思います。

 Noblesse  oblige (ノブレス・オブリージュ)


これを実現できる するのがデザインです。

そう思っているからデザインを大学で勉強しています。

21歳になりましたが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

上野 真歩 」




つづく