現在入院して病気療養中の親父の転院先を決める為、昨日候補となる病院を訪問して面談を受けてきました。
東武東上線沿線にある二つの病院だったのですが、説明を聞いていると我が国の老人医療が如何にプアなのかを痛感させられました。
3年前に死んだお袋の時にも経験した事ですが、治療期を過ぎて転院する先の病院は原則として積極的な治療行為は行わずに、何となくなすがまま、みたいな感じの様です。
患者を目の前にして治療行為を行わない病院など、病院の名に値しない、というか病院の定義に照らし、矛盾していると思うのですが、現在の我が国の老人医療体制では如何ともし難いですね。これはシステムの不備であって、病院側には責任は無い事です。
厚生労働相や財務省は、年寄りに長生きして欲しくないのでしょう。
医療費や年金が膨大になると財政を圧迫するのは間違いない訳で、財政均衡を至上命題とする財務省と年金問題で頭が痛い厚生労働省にとって、老人は厄介者にしか映らないのではないかと想像してしまいます。
ともあれ、近々親父は何処かに転院しなければならない事だけは間違いないです。
そして、死ぬまであちこちの病院を転々として一生を終えるのでしょう。
私は現在のシステムが続くならば、長生きはしたくないと考えています。我がの家の親子猫の最期を看取ったら、もうこの世に未練は無いです。年金は掛け捨てになってもいいや。