6回目の妊娠で入院中の話。
陽性が出たら病院に電話をかけた。
翌日に仕事を辞めてすぐに入院グッズを準備する。
リンスインシャンプーを探していたらシーブリーズのリンスインシャンプーしかなかった。
スースーするやつwww
でっかいスーツケースをゴロゴロしながら福岡から1人で新幹線に乗って病院に向かった。
ヘパリンはもう3回目。
かなり慣れているので緊張してないよ~ってすました顔してた。
でもこの病院は、腹じゃなく太ももだった∑( ̄□ ̄;)
半端なくイテェ!しかも跡が残る。
私が入院した時期はたまたま不育症の人が多かったんだって。
常に1部屋埋まってたかな。
私より先に入院をしていて、前回ヘパリンで胎児染色体正常の流産だったけど、
今回私と同じ治療で無事に退院した人がいたので少し期待した。
他には私と同時期に入院して同じ2カ月入院のAさんと仲良くなった(´▽`)
私より1歩進んだ治療で挑んでいた。
残りのベッドは、ほとんどが3泊4日のヘパリン練習のために入院しに来る人たちだった。
入ってきては巣立っていく人たちを親鳥のような気分でAさんと私で見送ってきたヾ(;ω;)
みんな今頃は出産の時期じゃないかなー。
入院食は味が薄くてだんだん見るのもしんどかったw
Aさんと院内のレストランで食べたり、パン食にしたり、
Bメニューにしたり、白ごはんに味塩かけたり・・・
入院中8割はごはんの話をしていた(≧∇≦)
たくさん色んな人と出会ったけど、私が1番年下だった。
でもやっぱり流産の回数は1番多かった。
みんな仲良くしてくれて入院生活は全然さみしくなかった(^_^)
いつも窓辺で集まって話をして楽しかったし不安も和らいだ。
Aさんは私の代わりに言えないこともナースさんに言ってくれたりしてとても頼もしかった。
でも私とAさん、数日差でお互い胎児の心拍が消えて流産になった。
入院中はプレドニンの副作用で顔中赤くてニキビだらけ!
流産後はプレドニン離脱の副作用がひどくて、期間を延ばしての減量だった。
他にも術後の尿カテーテルで合併症になってトイレで倒れたりして、
6回目の流産は本当に本当にしんどかった(ノ_-。)
退院して2か月間は不眠とめまいと立てなくなる症状も出るようになった。
体が辛くて色んなことを考えた半年間だったけれど「この治療をしたのになんで!?」と思うのはやめることにした。
私には効果がなかっただけだし、そもそも治療が本当に意味があるかわからない。
胎児の染色体正常の流産という条件が今回でそろったので次は免疫グロブリン。
胞状奇胎をしてしまったし、条件が揃うのにだいぶ時間がかかった。
治験が延期しているようなので間に合えば自費とどちらにするかギリギリまで考えようと思う!