一頁の出会い

一頁の出会い

日々、思いついた話を書くブログ。
ちょっと、小説連載とか出来たら良いなぁ…なんねて(てへ

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あの幸せな日々が、明日も変わらずに来るだなんて

無邪気に信じられたあの頃には

もう、戻れないのだ






「まさかこんな急にねぇ…」

「1人だけ子どもを残して……」

「これからの面倒は、一体誰が…」


黒尽くめの人の群れが、好き勝手にざわめいている

言葉の形を取ってはいるが、私にはそれが言葉とは思えない

ただ、耳障りな雑音だ


「え、引き取らないの?」

「いくら高校卒業してても、まだ子どもだものねぇ…」

「やだ、聞こえちゃうわよ」


白々しい会話に、今更傷つけられることはない

不快ではあるけど、私が未だ未成年であることには変わらないのだから


ついこの間卒業したばかりの高校の制服に再び身を包み

黒く縁取られた額の中に納まる、母の、そして祖父母の写真を見つめた

母の遺影は、まだ父がいた頃の、幸せそうな笑顔でこちらを見ている

あっけなく死んでしまうまでの、ここ5~6年では

一度も私に向けられることがなかった笑みが、そこにあった


(母さん……私はそんなに、愛されてはいけない子どもだった?)


父が失踪してから、母の態度は急変した

最初は言葉

まだ中学生だった私に、酷い罵声が飛ぶようになった

それでもまだ始めの頃は、すぐに謝って抱きしめてくれていた

でも、それも次第になくなり

気付けば、母の目は私を…周りを映さなくなった

自分の中に閉じこもり、幸せだった時間だけを繰り返している日々

時折正気に戻ったと思っても、私を見て、感情的に泣くばかり

そんな母の世話をしていたのは、私と祖父母だった


母は一人娘で、祖父母に取っては掌中の玉も同然

大切に大切に慈しみ育て、そしてやがて大輪の華のように華麗に育った

だが、その華は一度、無粋な男によって無残に踏み荒らされた

当時、母が通っていた大学の先輩だった男が、母と付き合った

最初こそ普通の交際だったが、少しずつ変わってきた男の態度

母が自分に惚れ込んでいると確信するや否や

すぐに母に金をせびり、言うことを聞かないと手を上げる

終いには、母が身篭ったことが分かった途端に逃げ出した


私は、そんな男の血を引いている娘なのだ


娘は可愛い、その可愛い娘の産んだ孫娘は可愛い

だけど、娘を傷つけるだけ傷つけた男の血を引いている

母にとっても、祖父母に取っても、そこがどうしても引っかかって

どこか一線を引いて、私に接していた


それを変えてくれたのは、唯一私が父だと思っているあの人


シングルマザーだった母の前に現われて、気付いたら父親のポジションにいた

あっと言う間に家族になって、引かれていた一線が取り除かれた

それは雲を散らす風のようで、暖かく照らす太陽のようで

昔から一緒に居たような、そんな空気をくれた人だった


「お父さん、ねぇ、あのお花とって」

「ん、これかい?」

「わぁっ、お父さんありがとうっ!」

「あー、良いな、お母さんにも欲しいなぁー」

「えー?んー…じゃぁね、はんぶんこねっ」

「良い子だなー」


野に咲く花を摘んで貰うことさえも、幸せだった日々

父が居るだけで、母も、祖父母も笑ってくれた

父が居るだけで、私に幸せの全てを与えてくれた

なのに……私があの人を、彼らから奪ってしまったのだ


(そんなに、私は父さんが居なかったら愛せなかった子どもなの…?)


冷め切っていたと思っていた感情が、再び熱くなる

枯れてていたと思っていた涙が、再び溢れそうになる


(ただ生まれてきただけなのに、そんなに愛されてはいけなかったの?)


優しくされた記憶が、ずっと奥底に残っている

その奥底で、愛されたいのだと叫ぶ自分が居る

大好きな家族だから、私も愛されたかっただけなのに

私にはどうしようもないことで、何故こんなにも愛されないのか

誰も愛してくれない、それならいっそ……





――― …せんり





ふと、懐かしい声で呼ばれた気がした

あの日、私の目の前で消えてしまった、あの人の声が





――― せんり……千理





「おとう…さ……?」


そっと立ち上がり、小さく呼びかけてみる





――― 千理……愛しい娘…





「お父さん…お父さんっ!」


間違いない、父の声だ

何処から聞こえてくるのだろう?

隣の部屋には、もう誰も居ない

もう電気のついてる部屋もない

そんな中、庭だけが少し明るくなっていた





――― 馬鹿な事を考えるのはおよし





庭に駆け出てみると、父が植えていた一本の藤の木が

不思議な光に包まれて、ぼんやりと光っていた


「お父さ、ん」





――― お母さんは、お前を愛していたよ





「じゃぁ…なんで…っ」





――― 弱い人だったんだ…誰のせいでもない





ふわふわと、藤の木から幾つかの光が離れ

私を慰めるかのように、周りをゆっくりと漂う





――― 私も、今もお前を愛しているよ





「………お父さんに、会いたいっ」


私の一言に、一瞬だけ父の声が詰まったような気がした





――― …千理





「だって…もう誰も居ないもの……お母さんも、おばあちゃんも、おじいちゃんも…

もう、誰も私の側にはいないんだものっ!!」





途端、藤の木を覆っていた光が一箇所に集まり

その中に、一人の姿が浮かび上がってきた





――― 千理、お前は一人じゃない


――― お前には、私がいるよ


――― そして……お前には、愛してくれる国をあげよう





光の中の人が、私の方へと手を差し出した





――― この手を取れば、私のところへ来れる





だが…と、少し父の声は言い澱んだ





――― ……この手を取れば、二度とこちらへは戻っては来れない





その言葉に、少しだけ私の身体はビクリと反応した

もう、何も未練はないと思っていた今に、二度と戻れない

それが、少しだけ怖かった自分に驚いたのだ

だけど…


「…お父さんに、会いたい……もっと、愛されたい」





――― …手を、お取り。彼が導いてくれる





父の声に促され、そっと光の中へ手を伸ばす

恐る恐る重ねた手は、繊細だけど、男の人の手をしていた

その手にしっかりと握り締められた途端―――





私の視界は、眩い光で全てを包まれた

ガタガタ…ガタガタ…


敷き詰められた石畳の上

夕陽に紅く染められた道を、人々が行き交う


馬車が鳴らす音の向こうで、たなびく家々の煙

夕飯の買出しに勤しむ母親達と、威勢の良い声で客を引き込む店主達

大人に窘められながらも、笑顔で走り抜ける子どもたち

少し頬を染めて急ぎ足で行く彼女は、愛しい人が待っているのだろう

灯りの燈り始めた酒場からは、早くも男達の笑い声が響いている

何処からともなく、ふわりと旨そうな匂いが漂い

家路に着く人の足を、更に速める


幸せな、ごく幸せな城下町の風景


今を生きる彼らの、誰が信じるだろう

かつてこの地には

ただ一本の木もなく

ただ一匹の虫すら、生きられなかったことを


「お前が求めてた国が、出来たぞ」


街の中心にある大聖堂の上で

彼は、下を眺め、そして、上に向かって呟いた


「どうだ、満足か?

 あいつは頑張ってる……さすが、お前の子だよ」


その口許に浮かぶは、笑みか、それとも…










大聖堂の前の広場にいた子どもが、上を見上げた

そこに、誰かの影が見えたから


それを、迎えに来た母親に告げようと、再び見上げると

子どもの指さす先には、尖った聖堂の屋根があるばかりだった