農林水産大臣(のうりんすいさんだいじん)
農林水産省を所管する国務大臣である。
略称は農水相(のうすいしょう)、または、農相(のうしょう)←これあんま聞かない。w
広く農林水産行政を統括する機関であり、農林水産大臣はそこのリーダー。
戦後の自民党政権では、農村を重要な支持基盤としていたため、農林水産大臣は非常に重要な閣僚の一つであり、有力政治家の歴任も数多い。
しかし―
このポストには「呪い」がかかっているらしい・・・
就任した政治家は職をまっとうできずに辞任したり、退任後に不幸に見舞われたりしている。
このため、マスコミなどでは「鬼門」「呪われたポスト」と呼ばれている。
片山内閣の平野力三―
西尾末広内閣官房長官と対立。GHQの意向も手伝って片山哲首相から罷免された後、公職追放。
吉田内閣の廣川弘禅―
吉田首相懲罰動議に欠席して本会議で可決されたため罷免され、バカヤロー解散による解散総選挙で落選。
福田赳夫改造内閣の中川一郎―
退任の5年後、57歳の若さで自殺(不審死)という結末。
よど号ハイジャック事件の人質身代わりとしても知られる
山村新治郎―
離任の8年後に次女に刺殺され、その次女も後に自殺。
2001年に就任、武部勤―
BSE問題を巡る失言などで批判を浴び、翌年の内閣改造で事実上の更迭。
(日本でのBSE感染患者は一人も出なかったにもかかわらず、BSEが発生したと報道された農家や、目視検査をした女性獣医師など5人が自殺した。)
大島理森―
様々な疑惑から事実上更迭。
亀井善之―
離任後まもなく病に倒れて死去。
2004年に就任した島村宜伸―
翌年の郵政解散直前、閣議で衆議院の解散に反対して閣議決定への署名を拒否し、辞表を提出したが、小泉純一郎首相により罷免された。
島村の罷免を受け、副大臣から昇格した岩永峯一―
離任後に献金問題を指摘された。
2005年に2度目の就任、中川昭一―
無難に職務をこなし退任したが、4年後には財務大臣辞任、落選の憂き目を見て、
2009年10月に父・一郎より1歳若い56歳で急逝した。
さらに2006年9月26日に発足した安倍内閣では農相の交代が頻繁に起こっている。
最初に就任した松岡利勝―
光熱水費問題を国会で追及され、戦後の閣僚としては初めて在任中に自殺。
若林正俊の臨時代理を経て後任の赤城徳彦―
自身の数々の疑惑により、これが一因で7月の参院選における自民党敗北を招いたとされ、
2007年8月1日に事実上の更迭、2009年の第45回衆議院議員総選挙は落選した。
8月27日に発足した安倍改造内閣、遠藤武彦―
置賜農業共済組合掛金不正受給問題などを追及され、9月3日に辞任。
在任期間8日間という近年では稀に見る異例の事態となった。
2008年8月、太田誠一―
事務所費問題も浮上し、在任中に事故米不正転売事件に関する発言が問題視された。
9月19日、事故米の不正転売の責任を明確にするということで、福田康夫首相に辞表を提出。
2009年に誕生した鳩山内閣の赤松広隆―
翌年の口蹄疫問題への対応の遅れで強い批判を浴び、閣僚の大半が残留した6月の菅内閣の
誕生に当たって、事実上責任を取る形で退任。
後任として副大臣から昇格した山田正彦―
職務そのものは無難につとめたものの、2010年9月民主党代表選挙で首相と対立する小沢一郎候補を支援したこともあり、わずか3か月で退任となった。
菅第1次改造内閣からは鹿野道彦―
中国書記官のスパイ疑惑(李春光事件)に直面してしまい、2012年6月の野田第2次改造内閣発足に
伴い退任し、郡司彰が農林水産大臣に就任した。
その他にも多くのエピソードがあり、まさに呪われたポストである。
なお、
日本国憲法下において罷免された閣僚は5名であるが、3名が農相である(゚Ω゚;)
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