引っ越したのだから
前の所から退居するのは
当たり前ですな。


心配したんですよ
退居費用・・

震災で
家具があちこち
ぶつかって出来た穴や

勢い余って
殴って空いた穴や

ヤニで完全に
真っ黄色になった壁紙やら・・


震災で
亀裂が入った場所などは
こちらの責任では
ないけれど

さてさて


退居日にやってきた
不動産管理会社の社員A君
ん?
会ったことあるねキミ
まぁそれは良いか。


「震災被害の部分は
全部大家さんの負担に
なります」

大家さんには悪いけど
それは助かる。

次々と震災被害が見られる壁に
マジックでチェックを
入れていくA君。

壁面はほとんどチェックされた。

ヒビなり穴なり歪みなり
何かしらの影響が
出ている場所が多いのだ。

天井は丸々チェックから
逃れたが

これなら
ヤニで真っ黄色なのも
帳消しじゃね?

「じゃ計算しますね。
え~ヤニ汚れがひどいので
チェック入れたところ以外も
壁紙は全部張替でして・・・
畳とふすまの張り替えと
所定のクリーニング合わせて
16万円となります。
敷金で10万円お預かりしてますので
6万円の持ちだしが出ます。」
※金額はおおよそ


「無い。無理」

「はい?はぁ・・・
しかしそう申されましても」

そりゃそうだ。

震災被害がなければ
一体いくらになったのか
恐ろしい限りだが

それがいくらであれ
俺には切り札が
あった。


窓から外を眺め
夕日を背に浴びながら
振り返る俺はこう言った

「そこに止まってる俺の車
見覚えあるよね?」


「あ・・・はい」


実はこのA君
以前に他の部屋に仕事で
訪れた際に

俺の車に社用車で
ぶつかってしまったのだった。

俺は部屋にいて
気付かなかったのだが
ちゃんと逃げずに
謝罪に来たのだ。

修理代を払うというA君に
心の広い俺は
正直に言ってきたことだし

バンパーに傷がついただけ・・・
ん?ちょっと押してんな・・・
あれ、ズレちまって裏側折れてら・・・

自腹のつもりなら
結構な金額だし

保険を使うなら
会社からも大目玉だろ?

まぁいいよ
気にすんな。

こう言って
恐縮する彼を
恰好良く帰した。

「今更持ち出すのは
男として格好悪いんだが・・・
保険からでも
修理代出してくれないか。
仕方ないから
持ち出し分はそれで
払うよ」

本当に格好悪いと
思ってたのだが

今の状況では
背に腹は代えられない

「じゃぁ自分がなんとかします」

自腹を切るような事も
言っていたが

清算書を見ると
単に敷金と相殺に
してあった。

やった。

最近は敷金の安い物件が
多いけど
これが怖かったんだよ。

ぶつけてくれてありがとうA君。
ごめんなA君。


「今度の部屋では
タバコだけは気をつけてください。
タバコのヤニさえなければ
ほとんど持ち出しって
出ないんです。
新居だと軽く25万くらいかかります。
くれぐれも
くれぐれも・・・」


この日から新居では
換気扇の真下のみが
喫煙可能となりました。