3.占星術探究

 その後も筆者は加藤氏のリーディングを調査しました。連日のように友人を連れていってはリーディングを聴き、帰りには喫茶店で友人にインタビューをする。自分自身も受けてみて、過去の出来事に照らし合わせてみたり、時には加藤氏を質問責めにするなど、準備期間として設定された2ヶ月間をフルに活用して探究しました。

 占星術についての見識を深めるために古本屋などで買い集めた文献は、あっという間に30冊を越えました。今にして思えば、会社勤務が多忙であるにも関わらず、この時期の筆者の占星術への熱の入れ方は普通ではなかったと思います。当然の如く、占星術への理解も飛躍的に高まりました。

 この時期のもう一つの興味深い実例は、筆者の旧知の女友達を連れて行ったときに起きました。加藤氏は彼女のホロスコープを見て相対的な解読の後、過去生とカルマについて語り始めたのです。それによると彼女は過去生で溺愛していた子供を事故でなくしたことがあり、そのときの大きな悲しみが魂の傷として残り、今生に大きな影響を与えているというのです。彼女はちょうど4ヶ月前に、筆者の推薦したサイキックのリーディングを受けていたのですが、19世紀初頭、イギリスに生きていた時の生涯で、全く同じ体験が語られていたのです。

 ここで筆者はサイキック・リーディングと占星リーディングの興味深い一致をみたのですが、これは何を意味するのでしょうか?ホロスコープを見ていく過程で、過去生やカルマについても知ることができるのでしょうか?思えばエドガー・ケイシーのライフリーディングもラマースがホロスコープの解釈を依頼したことが発端となっています。

 2ヶ月間に及ぶ準備期間が終わる頃には、筆者の占星術についての認識は180度、というより360度変わっていました。加藤氏が正規にセミナーを開催する頃になってパソコンを購入、筆者は第1号の受講生になりました。以来今まで占星術の探究を続けてきたのですが、ケイシーがリーディングで語っているようにそれは大変価値のあることでした。多かれ少なかれ、誰もが惑星の影響を宇宙の法則として受けていること、それが潜在的な衝動として人生の様々な出来事に反映されていること。確かにそれらは傾向に過ぎず、意志力こそが何にも増して重要なのですが、人生の中にちりばめられた標識や印、傾向を知ることは、それを全く知らないよりは、はるかに価値があり、重要であるということを筆者はもっと早く認識すべきでした。

 様々な人のホロスコープをみていると、人は生まれる前に、これからどのような人生を歩み、どのような経験を積んで魂を成長させて行くのか、だいたいの大筋を決めて生まれてきているような気がしてなりません。それらの出来事の中で、意志の力を建設的に用いるか破壊的に用いるかが、人生におけるレッスンとして定められているのです。星の影響力もポジティブに用いるかネガティブに用いるかによって人生は変わってきます。これをリーディングは星の行動範囲といっているのでしょう。

 占星術で作成するホロスコープは人生における航海図であり、魂を映し出す鏡です。ある意味アカシックレコードを占星記号で表したものかもしれません。従って、ホロスコープを読む技術を身に付けても、他者を見るよりも自分自身をじっくりとみていくことのほうが大切です。それによって自らの魂をより深く理解できるからです。意志の力と惑星の影響力をどのように活用していけばよいのか、筆者が行った占星リーディングの実例を元に解説しましょう。

4.導きとなる意志

 ある夜遅くに知り合いの女の子から電話がありました。彼女はこれから3か月ほどで、今住んでいる場所から別のところに引っ越したいといってきました。物件探しなどの活動は全く行っていないし、条件にあった場所が見つかるかも不安なので、ホロスコープで観て欲しいという依頼でした。

 何らかの活動や行動を起こす時は火星、契約ごとや何かの情報を得るには水星を観ます。次の土曜日か日曜日が活動をはじめるのに最適なときで、それから40日ほどたった○月○日の昼頃、条件に合った物件を見つけて契約できると判断しました。

 次の日曜日は筆者も予定が空いていたので、彼女の活動を手伝うと同時に、占星術によるさらに細かいアドバイスも行いました。彼女はその後も不動産会社を何軒か廻って条件に合う物件を探したのですが、なかなか見つからなかったのです。

 いつのまにか筆者も予言の日のことは忘れていたのですが、その日の昼頃、不動産会社から彼女の会社に連絡が入り、彼女の希望する物件が見つかったのです。決めてとなったのは筆者が活動するように指示した日に訪問した不動産会社でした。

 話を聴いた筆者は、自分で予言しながらもその結果を信じられない気持ちでした。しかし考えてみれば彼女には引越しをしたいという意志があり、それに基づいて行動して結果を得たということにほかなりません。占星術の果たした役割は行動のタイミングや結果の出る時期、いわば標識を示したに過ぎないのです。
 
 彼女に意志がなければ、時期を示しても活動はしなかったでしょう。逆に標識に基づいて自らの意志を決めようとするのも誤ったアプローチの仕方だといえます。現代において占い文化の与える弊害は、このようなところからも来ているのではないでしょうか。占星術を道具として、人生上の様々な判断に用いる時、我々は自分自身がどうありたいのかという意志をまずもつべきなのです。さらにそれが霊的理想に基づくものであれば、占星術の情報はより有益で価値あるものとなるでしょう。(完)

(今回は過去に発表したレポートを転載します。「占星術開眼」は、エドガー・ケイシーセンターの機関誌ワンネスの20号(1998年頃)に発表したもので、主に僕が占星術に出会い、どのような体験を経て、占星術の実践家となっていったのか。その過程におけるエピソードが中心になっています。)

1.開眼前夜

 占星術とは、一般的には地球を中心にして個人の生まれた瞬間の太陽と月、その他8つの惑星の配置や角度を正確に記入した天球図(ホロスコープ)を作成し、それに基づいて個人の性格や運命を判断するものです。それがどこまで信頼できるものかについては、筆者は長い間疑問を抱いていました。


 占星術の批判でよく聞くことに双生児の問題があります。多くの双生児が全く同じホロスコープを持ちながら、異なった人生を歩んだケースが報告あれています。また「告白録」の中で聖アウグスティヌスは、大金持ちの地主とそこに働く奴隷とが、全く同じ時刻に生まれたことを知り、占星学を信じることをやめてしまったと書かれています。筆者もまた、このような批判的立場を支持していました。


 眠れる予言者として名高いエドガーケイシーを永年にわたって研究し、啓蒙活動をしてきた筆者は彼の残したリーディングの中に占星術についての言及が多く、また惑星間滞在といった興味深い思想があることも、以前から知っていましたが、本格的に占星術の探究に乗り出す気にはなれませんでした。それは筆者のリーディングと占星術に対しての無理解が影響していたようです。リーディングは次のように語っています。

「人間の傾向は、彼がその元に生まれた惑星群によって支配される。だが、ここで理解されなければならないことがある。どの惑星の作用といえども、太陽、月、何らかの天体の相といえども、人の意志力の支配まで越えることはない。(3744-3)」

従って傾向に過ぎない惑星の影響力を研究するよりも、意志の力で人生を切り開いていくほうが重要であると筆者は考えていたのです。しかし一つの驚異的な体験が、今までの見解を一変させることになるのです。それは1人のすぐれた占星学者との出会いから始まりました。

2.驚異の体験

 筆者が占星術の探究を始めたのは、今から4年前の1994年5月にさかのぼります。当時、サイキックリーディングの探究をしていた過程で、占星家、加藤格(かとういたる)氏と出会いました。彼はコンピューターエンジニアとしての仕事をしながら8年もの間、パソコン占星学の探究を続けてきました。


 その頃彼は仕事を退職し、占星家としての新たなスタートを切ろうとしていたのです。7月から占星術のセミナーを開催する予定で、その準備を兼ねた研究会に興味のある友人を連れてきてもらえないかという依頼が筆者にきました。こうして何人もの友人を加藤氏に紹介することになり、同時に筆者は彼の占星リーディングを身近に聞く機会を得たのです。

 一人目の友人を紹介した時、その性格や人生の傾向などをかなり的確に読んでいるのを見て、筆者も占星術への関心が高まるのを感じました。特に注目したのは、友人の過去に起きた重大事件を、その起きた日時を聞いただけで推測して当ててしまうということを何度もやったことです。しかし二人目の友人を連れて行った時、筆者の驚きは決定的になります。


 その友人は生年月日だけで、出生時刻がわからなかったので加藤氏の提案で実験が行われました。最初に電話で母親に出生時刻を確認してもらい、それを伏せておいて、友人の過去に起きた重大事件の日付と、性格についての質疑応答が行われたのです。約1時間ほどの質疑応答で、加藤氏は友人の出生時刻を1分の狂いもなく当ててしまったのです。1日を1分で割ると1440分。質問の中には出生時刻が午前か午後かというものが含まれていましたので、当てたのは実に720分の1の確率になります。


 ここに至って筆者は占星術への今までの認識を改めざるを得なくなりました。占星術には何らかの法則性があり、その法則に基づいて人生上の様々な出来事が起きるのではないかと・・・・・・・(続く)

 僕の占星術は西洋占星術をベースにエドガー・ケイシーの霊的哲学を判断の基準にして解釈しなおした魂の占星術です。なのでエドガー・ケイシーという存在が根幹に位置しているわけです。そこで本日はエドガー・ケイシーとは何者なのか、一般の人にもわかりやすいように紹介しましょう。

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●眠れる預言者エドガー・ケイシーについて

 エドガ-・ケイシーは20世紀前半、古きよき時代のアメリカで素朴な生涯を生きた信仰深いクリスチャンです。1877年にケンタッキー州、ホプキンスビルに生まれ、1945年にバージニア州、バージニアビーチで亡くなっています。普通の人にはない特殊な才能を持っていた為に、アメリカでは一躍有名になり、これまでに何度もハリウッドで彼の生涯を映画化しようという話が持ち上がりましたが、諸般の事情で実現していません。一度はあのスピルバーグまでもが映画を作りたいとケイシー財団に相談を持ちかけたこともありました。一番最近ではほんの数年前にトム・ハンクス主演で3回脚本が作られたが日の目を見なかったという話まで伝わっています。

 エドガ-・ケイシーを有名にした特殊な才能とは、催眠に似たトランス状態になると、宇宙のすべてを見通す千里眼となり、古今東西の知識を駆使して、ありとあらゆる質問にも答えることができたというものです。その生涯の前半生では医者に見離された病気に苦しむ人びとが、治療法を求めて彼を訪ねました。彼はトランス状態になるとその病気の秘められた原因についても見通し、医学を学んだこともないのに専門用語を駆使して正確に診断しました。

 彼の処方した診断と治療法で多くの患者が奇跡的に回復しました。その治療法は後に彼を研究した医師により体系化され、エドガー・ケイシー療法と呼ばれるようになりました。エドガー・ケイシーは現在のホリスティック医学(人間を体と心と魂全体で捉える医学)の源流に位置する、いわばホリスティック医学の父とも言える存在だと分析する医師もいます。

 後半生では病気の治療だけではなく、人生上のさまざまな悩み事を相談する人々も出てきました。エドガー・ケイシーは驚いたことに人間関係のトラブルや問題事は過去世の経験に起因すると語り、生まれ変わりとカルマの真実を伝え、人生への深い理解を示すことで多くの人の心を癒し魂を救いました。それこそ今でいう前世療法の発端であったといえるでしょう。

 日本やインドなどでは馴染み深い輪廻転生やカルマの法則という思想もケイシー在世当時の西洋ではごく一部の秘教的伝統の中に見出されるだけで、一般的にはほとんど知られていませんでした。1950年代にモーレイ・バーンスタインという催眠術師がケイシーの情報に触れて、退行催眠でルース・シモンズという女性の前世まで遡る実験をした記録「ブライディマーフィの探求」が大きな話題を呼び、生まれ変わり思想の一大潮流を巻き起こしました。これが西洋に輪廻転生の思想が広まる端緒となりました。

 前世や生まれ変わり、よくスピリチュアルの世界で使われるソウルメイトやツインソウルなどの概念もその源流にはエドガー・ケイシーの存在があります。最近テレビでも江原啓之さんなど、新時代の霊能者ともいわれるスピリチュアルカウンセラーが人気となり、スピリチュアルの世界も多くの人に知られるようになりました。エドガー・ケイシーはその意味においても元祖的存在であり、まさに霊的世界のパイオニアと呼ぶにふさわしい人物でした。

 彼は多くの人から「バージニアビーチの奇蹟の人」、「眠れる賢人」と呼ばれました。相談者の中には発明王エジソンやテスラコイルで有名なニコラテスラ、更にはFMラジオの発明者もいて、彼らがケイシーの言葉からヒントを得て発明をしていたことが知られています。第1次世界大戦時には、当時の大統領、ウッドロー・ウイルソンに招かれ、ホワイトハウスで、いまの国際連合の前進である国際連盟の14か条に至る理念を語ったといわれています。ウッドロー・ウイルソンは国際連盟の提唱により、ノーベル平和賞を受賞したのは多くの人が知るところでしょう。エドガー・ケイシーがアメリカの国家的預言者といわれる所以です。

 現在でも20世紀最大のサイキック(超能力者)あるいはチャネラーと呼ばれています。でも、僕がエドガー・ケイシーに魅了されたのは必ずしもその才能のすばらしさのみではありません。それ以上に魅了されたのは彼の人柄でした。

 僕がエドガー・ケイシーについて知ったのは今から30年以上も前に読んだ、エドガー・ケイシーの伝記に始まります。題名は「奇蹟の人―エドガ―・ケイシーの生涯」です。著者はジョセフ・ミラード、十菱麟さんの訳で、出版社は霞ヶ関書房です。この中には彼が自分の才能に戸惑い、悩みながらも信仰深いクリスチャンとして誠実に人を助け続けた人間エドガ―・ケイシーの感動的な生涯が描かれていました。この本を読んだ当時、高校生だった僕はどんなに感動したことでしょうか。現在、エドガ―・ケイシーの伝記は数多く翻訳出版されていますが、この本からでなければ僕はこれほどケイシーに填まっていなかったでしょう。

 以来僕はたくさんの人にこの本を推薦し、手にした人は100人を下らないでしょう。今に至るまで僕の人生で最も大きな影響を受けた人物はエドガ―・ケイシーであると断言できます。僕が今、心理カウンセラーやセラピスト、更には占い師になっているのも、かつてエドガ―・ケイシーの生涯に感動して、ケイシーのように人を助けたいという志を抱いたからにほかなりません。

 大学生の時には大阪で初めてのエドガ―・ケイシー研究会を創り、エドガ―・ケイシーのことを多く知りたいと思っていたはずが、いつのまにか、多くの人にケイシーのことを知ってもらいたいと関西での啓蒙の第1人者になっていました。これからもずっとエドガ―・ケイシーの研究と啓蒙を続けていきたいと思います。