子供の頃の夏の思い出に、かき氷屋さんを思い出す時がある。

エアコンなんてあったか、なかったか、よく覚えてないけど、チリン、チリンと風鈴が鳴り、水色の氷と波の絵柄のポップが揺れているお店に入ると、赤や緑のシロップの瓶が並んでいて見ただけで、何だかワクワクした。

かき氷を頼むとお店の人が、ビックリするほど透き通った四角の氷を機械に挟み、広口のガラス製の器を上手にクルクル下で回しながら、これでもかと言うほど盛り盛りにして、最後好みのシロップを、途中と仕上がりにかけてくれた。

昭和の時代は、イチゴ、メロン、レモン、ほんで少しそれらよりお高めの宇治金時があって、少女の頃は赤いイチゴのシロップをかけて貰っていたけど、ある日は挑戦的に黄色のレモンをかけて貰う様にもなった。

大人になって、ブルーハワイなる水色のシロップがセンセーショナルに登場していて、暫くぶりに入ったかき氷屋さんで、ビックリした事があった。

けれど、そんな海水浴の帰りに食べたかき氷も、大型のエアコンが作動し始めると1杯食べ切るも寒くなってくるし、食べ始めのキンキンとするこめかみや知覚過敏な口中もなんだか煩わしくなって

たまの贅沢にふらっと入ったかき氷屋さんからも自然と足が遠退いた。けど、当たり前の夏の風物として水色のポップが甘味のお店に下げられて揺れていた。

人生色々あってかき氷の存在にも気に止めてる暇などなく、ワチャワチャと生きている間に、いつの間にか身近だったかき氷が、1000円を超えて、気がつけば最近2000円を超える
かき氷様にのし上がっているではないの〜

そりゃ2000円近くにもなったら、フワフワに削った氷の感触は、クルクルと器を下で受けて回して盛った時代のかき氷とは使う材料も違うとは思うけど、上にかけられたシロップもきな粉?とか、昭和なかき氷のイメージを粉々にするものがある。

小学生だった頃、父が病に倒れて経済的にも困窮する中、病院からの帰り道、介護だ子供らの面倒だ一人で背負った母はふと疲れを覚えたのか、たまにかき氷屋さんに入りたがった

母は東北出身者で、なかなか言葉になまりがあった人だったけど、かき氷の事を「氷水」と呼んでいた。戦争で年頃を奪われ、甘味も思う様に食べれなかった世代なのだろう

小柄だった母の苦労を背負った、たまの贅沢に苦しい現実を慰めたであろう瞬間だった光景が脳裏に焼き付いている。わずかな小遣いをコツコツ貯めて、こっそりかき氷を奢ってくれた兄も、もうこの世にいない。

あの素朴だった時代からすると、小洒落て、大出世を果たしたかき氷様にしか見えないけど、氷だよね?
水を凍らせた氷さんだよね?

二千円もするかき氷様になりあがってしまったのか~い
ストローの先がスプーンになって紙コップでスーパーの片隅で売られ始めた時代も感心したけど、 

いつの間にガラスの器にみるみる盛られて行く、それほど種類もなかったシロップの時代は過ぎて行ったのだろうか?コジャレて巨大になり、贅沢になって行くかき氷よ、もうその辺で貧しい者には上へ登り詰めて、手の届かない高値の花にならないで、いつまでも、異常に暑くなった夏、貧しく運命に打ちのめされた背中を涼ませてほしいと思うのは私だけだろうか。