ここ何ヵ月か、ずっと胸騒ぎの様な感覚があるのだけど
その正体が何かが分からない状況が続いている。
信じきってる訳じゃないけど、手相も変わってきたし
何かが起こりそうな予感もだし
先月のいつだったかは、いきなり滞っていた自分でも気づかずにいた、なくなって初めて重かったんやなと思うストレスの塊がスッと下がった気がしてエモい気持ちに包まれたり
いやさ、今までこんなん経験した事なかったんよっていうか、人生の転機は幾度かあって、ヒドイと脳内ストレスなのか周囲がスロービデオになって動きに残像が残る現象が起こったりもしたけどジュウブンキモイ
なんかこう胸ワクワクのエモいのはなかったわ~
まあ、最近ちょくちょく数字のゾロ目を何気に見たり、電化製品がやたら壊れて自然と云うより、あまりに頻繁なので目には見えない世界からの作為的な力をさすがに疑ったり
人が変わった様に黙々と断捨離したくなったり、少し感性の精度が高まっている気がするのは
人生が急転直下する前触れか?と嫌でも感じるある種の胸騒ぎが喧しいほどするのだ。
それはやがて何故かやたら神社や仏閣に出かけたくなった。ガッチョーン ナンデヤ?
なにがヤバいってエホバの証人を排斥になって組織離れても禁止されてきた偶像崇拝にはなかなかの抵抗があって
まして自ら神社仏閣へ出かけたいなんざ、そりゃ何年か前、実兄が孤独死してあまりに可哀想で、けれど、してあげられる事って何もなくて、そんな痛恨の思いから排斥後30年あまり避け続けてきた仏に初めて手を合わせたくらいで
そんな特別でもない限り神社仏閣等、頭が痛くなりそうで近づきもしなかった。なんすかし、サタンだでね?サタン
うん?自分はサタンに持ってかれとるのか?役にも立たんのに?
って、このシステム何回か癌で苦手で怖がりが手術などを乗り越えると、どうでもよくなる。ほんまどうでもいいわ!それでなくても地獄見てきたし
あんまり人生の時間もないかもだから、サタンでもアホバでもハナタラシでもヘコき虫でもええで死ぬまでには幸せにしてほしいのだ。
もうとっくに人生の折り返しなど過ぎてしまったのに、若い頃とさしてかわらん苦労しとるがな~
それはさておき、残念だけど、児童性的虐待をひたすら隠そうとするJW 組織に正義など微塵もなく、
むしろ被害者とか正しい者こそを糾弾して、口が上手くて表向きは真面目で霊性が高いとか、そんなものあくまでもイメージのみで、ずっこいばかりで中身など何もない人間ばかりの肩を持つ
そんなJW に手酷い目にあっても偶像崇拝な行為はなかなか出来なかったくらいだ😤エッヘン←ジマン
まあね、元々何回か書くけど、木や石で作った物に願かけるのが疑問だったのもあったけど
最近等、様々な出来事の経験を通して、目に見えない存在がおられ、咎めのない者を救われるのだとしても聖書原理主義、1神教を強引に要求する神(例えばエホバ神)のみが真実とは思えない気になっている。
人を救っているのは、人類が知らんだけで、もしかして八百万の神々が存在してて、自分と波長の合う人間を担当して助けているのかもしれんな?と想像したりする。
そりゃ過去には何かが上手く運ぶと「エホバねぇ😃~」言うとったけど、
排斥の憂き目に合って二歳の可愛い盛りの息子の手を離してしまい、毎晩柱に額を打ち付けて死にたいと嘆いてきたけど
思うけど、前夫をはじめ排斥にした長老らもそんな思いしたのだろうか?
なんか自分にだけ厳しかったの違うの?同じ様な事で最近排斥になったって聞かんし、雑巾を頭に乗せてる様なヘアースタイルでも何も言われんらしいがな
いい加減な感情で振り回されて、私だけが運命変えられてきて、誰も当時の関係者に変化なしやん?
誰に分かって貰わんでいいけど辛かったのは確かだ。
辛く酷いめに合った分、宗教という宗教を毛嫌いしてきた。今後も何かの宗教に入信する事はないし、一方で信じたい人らを批判する気持ちもない。つまりもはや無関係でいたいと強く思ってきた。
それなのに、毎晩揺さぶられる様な思いに駈られて、とうとう出かけたのは日本の神社の総本山、伊勢神宮だ。どこの神社と考えてるより話しが早いと思ったけど、神社への参拝も宗教っちゃ宗教やん?
毛嫌いしてきたのに仕方なくコントロール不能な自分の内なる魂の要求の強さに負けて行く日にちを決めた。
ところが、それまでに予定以上の出費がかさみ、元々違和感を覚えながらだったので無理せず中止にしようと思った。
諦めかけたその日、長男が仕事のお休みを貰って持病の診察を受けに行くのを知らなかった。しかも何故か時間的に早く病院に来るよう主治医に言われたらしく、早く行けた分早く終わったという訳で、伊勢神宮まで車で乗せてってくれる事になったのだった。
どうしても見えない力に誘われていると確信した気分だった。
伊勢神宮に着いたら、凄い人手だったけど、奇跡的に駐車場は、目の前が一台だけ空いてるとか、近くに空いてるとか、外宮、内宮とも驚くほどスムーズだった事にも驚いた。私らの後はズラリと並んで待機させられていた。
もうひとつ気になったのは、行く道すがら、大きな鷲か隼(すみません😣💦⤵️種類が分かりません)の様な大きな羽の鳥が、ずっと車の前やすぐ上を低く飛んでついてきたり、
いつになく風が車に当たると動物の鳴き声(猫?んぎゃ~っいう音)の様な音をたてた。初めて聞いた音で、車が壊れとるのか?と焦ったわ~
こんな話に詳しい人に後で聞いてみたら、生き物が付き添って来るのは、確実神様が呼んでるからだと言われました。
カラスなら最高だったらしいけど、鷲だか隼?も格好良かったけどね笑
伊勢神宮は、日本神話の中で歴史の始まりがしるされているけど、開かれたのがいつかは誰も知らない神秘に満ちていて、
内宮は、天照大御神が御神体で、八咫の鏡、やさかにの勾玉、草薙の剣の三種の神器の天皇家預かりの中では勾玉や草薙の剣など形代といわれるレプリカを使うけど、伊勢神宮には本物の八咫の鏡をお祀りしているらしいのだが、
その鏡の裏にはなんと、ヘブライ語が書かれているという噂がある事から、ユダヤ人と日本人は同一始祖とか?の説があったり
また、三種の神器も、聖書で言うところの十戒が書かれた石板、マナの壺、アロンの杖に置き換えば、驚くほど物語は激似しているらしい。
まあ、太古に書かれた聖書が全ての宗教の起源と油ぎったおっちゃんらに教えられたので激似は当然かもしれんけど、
そういう理屈を教えられ、一世はなるほどと納得してしまってドツボにはまって行ったのもあるのよ
お正月明けからこっち、急激にだけど、ずっと気になっていた天照大御神をお祀りしている伊勢神宮に改めて行く事になった事に不思議な力を感じざるを得なかった。私自身そんな事も知らなかったからだ。
長く2000年の歴史があるので、それなりのご利益があった事は認めつつも、雨不足でいつもは美しい五十鈴川の流れも干がっていたので
神様なら雨を降らせられるはずだよな?と思い、危なく現実にかえった次第です笑
けれど、帰り道、前を走る車のナンバーですら、この頃頻繁に目にして気になっていた数字だったので驚いた
さらに何故伊勢神宮なのか長男に詳しくは話さなかったのに、長男も最近頻繁に目にする数字が私と同じだったので驚き、余計何かの暗示の気がしている。
自分にしか分からない個人的な感覚の類いだけど、明らかに不自然で作為的な力を感じつつ、この一連の出来事に、今まで自分が居着いた世界とは違う何かを感じ、これまた原因不明に一人だけ別の世界へ行く様な一抹の寂しさを感じている。(;_;)
なんだろうね?この現象
不思議やわ~
とりあえずは、宝くじが当たったとか、我らが一族に長年居着いた丸の中に貧と書いたTシャツを着た爺ぃの神が逃げて、とうとう金持ちになったというめでたい変化が待ってるなら大歓迎だけどね(笑)
JW 関係が上積みされた分特別に長年苦労してきたせいで、一連の出来事もどうせ偶然の気のせいで特に変化はないだろうと思う育ちの悪さが、幸運の引き寄せを邪魔している元凶の気がする。
神に誘われたのが確信出来る様に、祭壇に立つと、それまでの風向きが突然変わりこちらに向かって白い布のとばりが激しく捲れあがった。
この現象拒絶か歓迎かまだ迷った。
総攻撃を受けてきたので自分の評価が低い事を何て言うんだったっけ?
折角の機会だったので、自分の心の深い傷に気づきを与えられ、そこに自分で強い光を当てられたこそが神からの導きだったと思いたい。