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菅野「それで、その開かずの間に足を踏み入れた者は、もう二度と戻ってこれないんだって……」
「……」
警視庁に存在すると言われる、開かずの間。
そこにまつわる怪談話を、菅野くんに聞いているけれど――
「でも待って。二度と戻ってこれないなら、その話がこうして伝わっているのはおかしくない?」
菅野「あー、うん。あはは、バレちゃったかー」
「え、もしかして全部嘘だったの!?怖がって損した……!」
うっかり抱いた恐怖心も、菅野くんの作り話と知った途端に薄れていく。
(こうも簡単に騙されるとは、悔しい!)
(こうなったら、なにかちょっとした仕返しを――)
「そんじゃ夏樹、次の怪談はこれね」
言葉と共に、山積みのファイルが菅野くんの前にドサっと置かれた。
(服部さん、いつの間に……!)
(というか、これは……)
菅野「俺一人で、これ全部ですか!?」
「そ、よろしくどうぞ」
菅野「……ええ、ちょ、蒼生さんは!?蒼生さーーん!」
(仕返しをと思ったけど、菅野くん、気の毒に……)
「あの、それじゃあ私はそろそろ失礼しますね」
服部さんの魔の手が私にまで及ぶ前に、いそいそと捜査一課をあとにする。
「……」
(そういえば、菅野くんが言ってた開かずの間の話って、本当に全部が嘘なのかな)
(これだけ部屋があれば、一つくらい曰く付きがあってもおかしくない気もするけど……)
「マトリちゃん」
「……!」
のらりくらりと歩いてくる服部さんが、私の横に並んで立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「さっきの怪談、本当の結末を教えたげよう」
「本当の結末……?」
「そ、開かずの間は本当に存在するってこと」
なぜなのか、服部さんが言うと菅野くんの百万倍は恐ろしさを感じる。
「そのに誘われるのは正義感の強い子で、疲れた時に限って、らしいよ」
「正義感の強い……」
「マトリちゃん、気を付けたほうがいいんじゃないの」
「いえ、私はそんな部屋にうかうか連れ込まれたりしません」
「は、そりゃ頼もしいこと」
くっと声を殺すように笑った服部さんが、ニコリとしていた目元を意味深に変え――
突然力強く、私の腕を掴んだ。
「え、ちょっ――」
ガチャ、パタン――
(暗い……なに、この部屋……)
強引に連れ込まれたのは、不気味なほどに真っ暗な部屋。
「開かずの間へようこそ、マトリちゃん」
「っ……」
暗くて、服部さんの顔が全然見えない。
「ん、怖い?」
「いえ……」
口ではそう強がりながらも、内心は少しの恐怖を感じる。
(開かずの間への怖さなのか、それとも服部さんへの恐怖なのか……)
「あの」
「なーに?やっぱり怖い?」
「……」
まるで私を囲うように、服部さんの両手が後ろのドアについた気がする。
きっと今明かりが点けば、ものすごく近い距離にいる。そう感じる息遣いに、恐怖心と同時に心拍が速度を上げていく。
(と、とりあえずドアを開けて――)
ガチャン――
「!」
(服部さん、今鍵かけた!?)
「ど、どうして鍵をかけるんですか?」
「マトリちゃんを閉じ込めるため、とか?」
「っ……」
「こっち、おいで」
暗闇の中、手を引かれるままに歩くしかない。
「マトリちゃんって、いつから寝てないの」
「いつからって……」
「今日の顔、ひっどいよねえ。だからはい、ここに座りんさい」
誘導されるまま座り込んだ、これは……
(ベッド?)
(え、もしかしてここ、仮眠室?)
「じゃ、おやすみなさい」
「え、いやあの、私戻らなきゃなので」
反射的に立ち上がりかけた私の肩に、服部さんの手が触れる。体はそのまま、強制的にベッドへと押し倒された。
「え、あの!?」
次第に暗闇に慣れた目には、私を見おろす服部さんの姿が映って……
(この体勢は……)
「マトリちゃんに質問したげよう」
「……?」
「このまま寝る?それとも――」
「キスでもしてみようか?」
「え……」
「俺は、どっちでもいいよ」5
(どっちでもって)
「ね、寝ます、寝ますから……!」
「ほーん、そりゃ残念。そんじゃま、よい夢を」
そうして離れた服部さんは、私に布団をかけて仮眠室を出て行く。
(び、びっくりした……)
(でもこれって、休ませようとしてくれたってことなの、かな……)
怪談は、本当に存在していたのかもしれない。けれどその正体は、幽霊なんかじゃなくて……
優しくて世にも恐ろしい、捜査一課の課長の姿に違いなかった。