* ・ * ・ * ・ *

「今日は峻さんが主役ですから、もうなんなりとご要望をお申し付けください!」

「とか言ってもう次行くところ決まってんだろ」

特別な日だからと、朝から街に連れ出されて数時間。

〇〇は俺の手を引き、今日に備えて必死に考えたのであろうコースを回っていた。

「もちろん目的地は決まってますけど、峻さんが行きたいところがあるならそこに行きたいです」

「だって今日はお誕生日ですから!」

(なんで俺より嬉しそうなんだよ、こいつ……)

屈託なく笑うその姿を見ていると、わけもなく意地の悪いことをしたくなる。

「主役より張り切ってんじゃねー」

「い、いひゃいんですが……」

抗議しつつもされるがままなのは、やっぱり『俺の誕生日』だからだろうか。

そんなことを考えたまましばらく〇〇の顔をつまんで遊んでいると――

「…………」

(……どこ見てんだこいつ)

俺の背後に視線を向けているのに気付き、振り返る。

そこには小さなアクセサリーショップがあった。

「おい」

「うん?」

「あの店、寄るか」

「え……?」

「今、見てただろ」

「あ、いえ寄りたいというかその、ちょっと気になっただけです」

「なら行くぞ」

「ほんとに大丈夫です、今日は私じゃなくて峻さん優先で」

(こういうところだけ律義なんだよな)

「俺がいいって言ってんだ。来い」

手を握って軽く腕を引くと、〇〇は一瞬あっけにとられた表情を浮かべたあと――

「はい!」

(嬉しそうな顔しやがって)

 

*・*・*

「ここ、前からちょっと気になってたんですよね」

「でもひとりじゃ、ちょっと入りづらくて……だからありがとうございます!」

なんでだよ、と聞こうとしたが店内にいるのはカップルばかりだ。

(確かにこれは、ひとりでふらっとって感じじゃねーな……)

あたりの様子を何気なく見たあと、ショーケースを熱心に覗く〇〇の隣へと移動した。

「なに見てんだ?」

「このピアス、可愛いなと思って」

「こういう所に来たら、普通はこっち見るもんだろ」

俺は〇〇の顔を指輪が並べられている方へと向けた。

「……見てもいいんですか?」

「なんで聞くんだよ」

「だって……峻さんの前で指輪見ると、プレゼントしてほしがってるみたいじゃないですか」

「安心しろ。今日は俺の誕生日だ」

「わざわざお前にプレゼントするかよ」

「それはそれで寂しい」

「贅沢いうな」

そんな風に軽口をたたき合いながら指輪を見ていると、ショーケースの上に置かれた商品にふと目が留まる。

「これ、お前に似合うんじゃねーか」

〇〇の手を取って薬指に嵌めてみると、俺の見立て通りあいつの指にぴったりと合った。

「うわあ……!」

「さすが峻さん、いきなり薬指に指輪を嵌める上にサイズまでピッタリとは……」

「今の、どういう意味のさすがだよ」

「そりゃもちろん、スケコマシ的な意味で」

「なるほど。お前次の出張楽しみにしとけよ」

「乗り継ぎしないと行けないような国に飛ばしてやる」

「……え、それは嫌……」

「さっきの発言は撤回します。さすが峻さん、スマートな行動に惚れ惚れします」

「手のひら返すのはえーな」

どんな日でもどこにいても、〇〇と一緒なら結局こんな会話になる。

それに一種の心地よさを感じるようになってしまった自分にため息をつきつつ、他の指輪を見て回っていると……

店員「何かお探しでしょうか?」

「あ、えっと……」

いきなり店員に声をかけられたからか、〇〇は焦ったような表情を浮かべて俺を見た。

(助けてって顔だな)

「ああ、大丈夫です。いつかのために見ているだけなので」

店員「かしこまりました。何かございましたらお声がけください」

空気を読んで店員は俺たちからさっと離れていく。

「ほら、これでいいだろ」

「…………」

〇〇は間抜けなほど緩みきった表情を浮かべ、俺の方を見ていた。

(……周りに誰もいなかったら抱き潰してやるのに)

「変な顔してなに妄想してんだよ」

「変な顔って……だって、『いつか』なんて言われたら、その『いつか』を妄想しちゃいますよ」

「それで妄想して、喜んでたんです!」

「……」

「峻さんは考えないんですか?」

「お前ほど妄想逞しくねーよ」

はっと鼻で〇〇を笑ってみるが、『いつか』と言った本人がその『いつか』を想像したことないはずがない。

(ま、そのことを素直に白状する義理もない、けどまあ――)

「その時が来たらちゃんとしたもの贈ってやるよ」

「それまで待っとけ」

照れくさくていつもこんな物言いになってしまうことを多少は反省しているというのに、〇〇のほうは信じられないくらい嬉しそうな顔で笑っている。

(素直だよなあ、こいつ)

いつの間にか、隣に〇〇がいるのが当たり前になった俺の生活。

(誰かと一生を、なんて今まで考えたこともなかった)

運命なんてものは信じてない。永遠なんて不確かなものも。

それでも、こいつといるとそれを信じたくなる。

(困るんだよ。そういうのは柄じゃない)

目の前で笑顔を浮かべる〇〇をじっと見つめる。

「あ!すみません、峻さんの誕生日なのに私ばっかり楽しんじゃって」

「もしかして、ちょっと怒ってたりします……?」

俺が黙っていたからか、妙な勘違いをした〇〇が慌てはじめる。

「んなことで怒るわけねーだろ」

今黙ってたのは将来のことを考えていたからと言ったら、こいつはどんな顔をするだろうか。

(ま、言わないけどな)

一生を誰かと共に過ごす。それが簡単じゃないことくらい分かっている。

でもきっとその大変さに見合うくらい、いやそれ以上に、独りでは得られない喜びを得られるのだろう。

(例えばこいつの笑った顔とか)

「そうだ峻さん。何か追加で欲しいプレゼントとかないですか?」

「……とりあえず、これ」

「……!」

手に持った紙袋で顔を隠して、触れあうだけの口付けをかわす。

「そ、そういうのは困るんですけど!」

抗議するように言いながらも、その表情は嬉しげだ。

「おい、喜んでるのが隠せてねーぞ」

「人前でキスされて喜ぶって、痴女か」

からかうようにそう指摘する俺の顔もまた、誰にも見せられない程度には緩んでいる。

 

それに気付かれないよう、わざと意地の悪い言葉を〇〇にかけるのだった。