季節外れの蝉が奏でる記憶ー4- | BLACK-SKY

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ひとりごととか、小説だとか。

取るに足らない言葉たちの遊戯会。







照りつける太陽が、世界を染める朱色を従えて舞い降りてくる時間が訪れた。





古びた公園のベンチも、陽光の手にかかれば魅惑的な紅色のチェアにさえ見える。


木の塊でさえそうなるのだから、一際美しい岩崎もそうならないはずはなかった。



岩崎は、今や僕の一番の友人にまでなった春姫は、

陽の光を浴びて眩ゆいばかりの輝きを放っている。






「あちいや」

コーラの缶ジュースをぴたりと頬に押し当て、春姫が猛暑に音を上げる。


「ま、夏だしさ」


「当たり前だろ! なんて言う元気も起こらないよ、あーあ」


「言ってんじゃんか」

春姫にチョップを喰らった頭頂部を撫でさすり、僕は膨れて見せる。


「黙れ」

プルトップを乱暴に引き、春姫は笑みを零した。







今や本格的に夏色に染まり行こうとしている中で、季節の訪れを祝うように、蝉が一声鳴いた。


そんな旋律に耳をそばだて、春姫は思い出したように言う。



「蝉ってさ、一週間しか生きられないから、こんな悲しそうに鳴くのかな?」


「悲しそう?」



改めて耳を澄ましてみても、蝉の奏でる音楽は、

僕には単なる夏を演出するためのBGMにしか聞こえなかった。





「ほら、声を絞り出してるっていうか、お腹の底から発声してる」


「分かんねぇよ」


生真面目に形どられた春姫の横顔にツッコミを入れてみるも、彼女は顔色一つ変えなかった。

うむ、ボケではなかったとみえる。


そんな見当違いな反省をしていた時、春姫が物憂げに独りごちた。



「そっか、亮も分かんないんだ」







――亮「も」?







春姫の何気ない一言が、心のどこかに引っかかる。


「も」ということは、誰かと比べられているということか。













「ね、亮の初恋って、その飯田って子?」

何を言うかと思えば、虚空を見つめたまま春姫が呟いたのは、他愛のない話だった。


「……いや、幼稚園の時が最初だけど」

記憶の糸を手繰り寄せながら僕は正確を期す。


「何て子」


「確か、ミカ」


「ミカ……へぇぇ?」

自分から尋ねたにも拘わらず、まるで興味もなさそうに春姫は欠伸を放つ。



「そういう自分は?」


「はぁ?」


「いつ、何て子に」


「はぁ?」


「はぁってことないだろ。ほら、言いなさい」









僕としては、ないがしろにされたほんの仕返しのつもりだった。


けれど、僕がからかうように発した言葉は、春姫に大きな波紋をもたらした様子。



気が付いた時にはもう手遅れで、春姫の表情は、みるみる間に強張っていった。




「なっ……どうした? 」


「んなこと聞くな、バカ」

ほとんど泣き出しそうな、というか喚き散らしそうな顔で、春姫は僕の太腿をぱしんと叩いた。


「ごめん」


「何も知らないくせに謝るな、バカ」


「いやだから、何も知らないけど、なんかごめん」


「ニュアンスで謝るな、バカ」



こうなるともう歯止めがきかない。

僕は春姫の気の済むまで太腿を叩かれ、意味もなく罵倒され続けた。
















五分も経っただろうか、ようやく春姫が口を噤み、手を止めた。


何となく取り返しのつかないことになるような気がして、視線は前方に固定したままで、僕は呟く。




「何があった?」


「だから、何でもないの」



男言葉ではない。ということは、こちらに勝算が無いわけではない。

僕の頭の中で弾き出された答えを信じ、僕はもう少しだけ、揺すぶってみることにする。



「話してみ」

柔らかな朱色に包まれ、いつもより少しだけセンチメンタリズムの強い

黄昏時といいう時間を頼りに、僕は少しだけ、背中を押してみる。



「今は話したくない」


もう少し。


「何でも聞くし」


「……すっげぇ失恋した」


「へ?」

聞き手としてあるまじき間抜けな声が、僕の口から漏れ出る。



春姫の容貌にそぐわない言葉が零れ落ちてきたこと。


それと、明るくいつだってさっぱりしている春姫を、

よりによって一番脆い恋なんて感情と結びつけるのは、あまりに信じ難かった。





「すっげぇ、」


「ん。お前、それ以上問い詰めたらコロス」


一瞬だけ覗きかけたセンチメンタルな春姫は、もうそこにはいないようだった。


まるで何も起こらなかったように、春姫は朗らかな微笑を振りまいて立ち上がる。



「じゃ」

コーラを一気に流し込みながら春姫は軽く別れを告げた。


「おう、じゃ」


僕のその一言を受け取ると、春姫は、風のようにひらりと駆けて行った。












南風に押され、颯爽と走り去る春姫の背中が、陽炎の如く揺らめく。






明日だけ見つめてろ、なんて君は言ったけど、

その明日が揺らいで見えた時には、僕は何を信じたらいい?