照りつける太陽が、世界を染める朱色を従えて舞い降りてくる時間が訪れた。
古びた公園のベンチも、陽光の手にかかれば魅惑的な紅色のチェアにさえ見える。
木の塊でさえそうなるのだから、一際美しい岩崎もそうならないはずはなかった。
岩崎は、今や僕の一番の友人にまでなった春姫は、
陽の光を浴びて眩ゆいばかりの輝きを放っている。
「あちいや」
コーラの缶ジュースをぴたりと頬に押し当て、春姫が猛暑に音を上げる。
「ま、夏だしさ」
「当たり前だろ! なんて言う元気も起こらないよ、あーあ」
「言ってんじゃんか」
春姫にチョップを喰らった頭頂部を撫でさすり、僕は膨れて見せる。
「黙れ」
プルトップを乱暴に引き、春姫は笑みを零した。
今や本格的に夏色に染まり行こうとしている中で、季節の訪れを祝うように、蝉が一声鳴いた。
そんな旋律に耳をそばだて、春姫は思い出したように言う。
「蝉ってさ、一週間しか生きられないから、こんな悲しそうに鳴くのかな?」
「悲しそう?」
改めて耳を澄ましてみても、蝉の奏でる音楽は、
僕には単なる夏を演出するためのBGMにしか聞こえなかった。
「ほら、声を絞り出してるっていうか、お腹の底から発声してる」
「分かんねぇよ」
生真面目に形どられた春姫の横顔にツッコミを入れてみるも、彼女は顔色一つ変えなかった。
うむ、ボケではなかったとみえる。
そんな見当違いな反省をしていた時、春姫が物憂げに独りごちた。
「そっか、亮も分かんないんだ」
――亮「も」?
春姫の何気ない一言が、心のどこかに引っかかる。
「も」ということは、誰かと比べられているということか。
「ね、亮の初恋って、その飯田って子?」
何を言うかと思えば、虚空を見つめたまま春姫が呟いたのは、他愛のない話だった。
「……いや、幼稚園の時が最初だけど」
記憶の糸を手繰り寄せながら僕は正確を期す。
「何て子」
「確か、ミカ」
「ミカ……へぇぇ?」
自分から尋ねたにも拘わらず、まるで興味もなさそうに春姫は欠伸を放つ。
「そういう自分は?」
「はぁ?」
「いつ、何て子に」
「はぁ?」
「はぁってことないだろ。ほら、言いなさい」
僕としては、ないがしろにされたほんの仕返しのつもりだった。
けれど、僕がからかうように発した言葉は、春姫に大きな波紋をもたらした様子。
気が付いた時にはもう手遅れで、春姫の表情は、みるみる間に強張っていった。
「なっ……どうした? 」
「んなこと聞くな、バカ」
ほとんど泣き出しそうな、というか喚き散らしそうな顔で、春姫は僕の太腿をぱしんと叩いた。
「ごめん」
「何も知らないくせに謝るな、バカ」
「いやだから、何も知らないけど、なんかごめん」
「ニュアンスで謝るな、バカ」
こうなるともう歯止めがきかない。
僕は春姫の気の済むまで太腿を叩かれ、意味もなく罵倒され続けた。
五分も経っただろうか、ようやく春姫が口を噤み、手を止めた。
何となく取り返しのつかないことになるような気がして、視線は前方に固定したままで、僕は呟く。
「何があった?」
「だから、何でもないの」
男言葉ではない。ということは、こちらに勝算が無いわけではない。
僕の頭の中で弾き出された答えを信じ、僕はもう少しだけ、揺すぶってみることにする。
「話してみ」
柔らかな朱色に包まれ、いつもより少しだけセンチメンタリズムの強い
黄昏時といいう時間を頼りに、僕は少しだけ、背中を押してみる。
「今は話したくない」
もう少し。
「何でも聞くし」
「……すっげぇ失恋した」
「へ?」
聞き手としてあるまじき間抜けな声が、僕の口から漏れ出る。
春姫の容貌にそぐわない言葉が零れ落ちてきたこと。
それと、明るくいつだってさっぱりしている春姫を、
よりによって一番脆い恋なんて感情と結びつけるのは、あまりに信じ難かった。
「すっげぇ、」
「ん。お前、それ以上問い詰めたらコロス」
一瞬だけ覗きかけたセンチメンタルな春姫は、もうそこにはいないようだった。
まるで何も起こらなかったように、春姫は朗らかな微笑を振りまいて立ち上がる。
「じゃ」
コーラを一気に流し込みながら春姫は軽く別れを告げた。
「おう、じゃ」
僕のその一言を受け取ると、春姫は、風のようにひらりと駆けて行った。
南風に押され、颯爽と走り去る春姫の背中が、陽炎の如く揺らめく。
明日だけ見つめてろ、なんて君は言ったけど、
その明日が揺らいで見えた時には、僕は何を信じたらいい?