精神を手中の水晶玉に集中させると、シャミーは静かに目を瞑り、渦巻く闇に語りかける。
――私を殺そうとしている奴は、エリーゼ・リシェルは、どこにいますか?
そうして目を開ける。
だが水晶玉は相変わらず澄み切っているだけで、何も答えてはくれない。
――私はどうしたら、エリーゼの企みを阻止することができますか?
再度闇に身を沈めて、水晶玉の純粋な冷たさに身を預ける。
しかしもう一度瞼を開いても、水晶玉は依然として、何も答えてはくれない。
「どうしたら、いいの」
シャミーは涙腺を刺激する熱に打ち負かされないようにと、水晶玉を包み込む手に力を込めながら自らに問いかけた。
水晶玉でさえ道しるべとなってくれないのなら、何をどうすればいいというのだ。
自分の中に秘められた能力は、使い方がわからないとなっては、利用するべくもない。
ただ手をこまねいているだけではいけないと、本能はこんなにも強く語りかけているというのに――
奥歯を食いしばり、涙を流しかけた、その時。
シャミーの悲しみに歪んだ顔ばかりを映していた水晶玉が、突如として、シャミーの問いかけに呼応するように、白い渦を形作り始めた。
「……えっ」
驚きを隠せないシャミーの小さな手の中で、白い渦は龍の如く広がっていき、やがてある映像を映し出した。
部屋、だ。
ベージュの壁には生け花の静止画が飾られ、板張りの床には落ち着いた色合いのアジアンなラグが敷かれている。装飾は抜かりないが、家具はテレビにベッドだけと、実にシンプルな部屋だ。
――いや、これは部屋じゃないのかもしれない。
そこで改めて目を凝らすと、確かにそこは誰かの部屋というよりも、高級なリゾートホテルと考えた方が辻褄が合う気がした。
「エリーゼが、旅行中……?」
可能性の一つとして旅行を挙げてみたが、頭の片隅で、それは違うという声が叫び続けていた。
では、何が――
思案に暮れていると、再び、思いもかけないものが画面上に現れた。
突然、部屋に女が入室した。
人魚のようなシルエットの赤いサテンのドレスをまとった、女。
夜の帳をそのまま頭に被ったような黒髪の。
そして、二メートル近くはあろうかという長身の。
――黒髪? 長身?
いつかの参観日で見かけたサンダーの母親は確か、若々しくて、艶めいた金髪を揺らしていて、どちらかといえば華奢で小柄な印象の女性だった。
すると、訝るシャミーに答えるように、水晶玉の中で女は振り向いた。
マスカラを塗りたくられた魔女のように吊り上った目。
これまた魔女を連想させる、高くて折れ曲がった鷲鼻。
ダークレッドの口紅を載せた厚ぼったい唇。
「……何で、この人が?」
女は、エリーゼ・リシェルではなかった。
女の名は、クルエラ・クイーンハンド。
呆然と佇むシャミーの脳裏には、先日放送していたマジック番組の映像が浮かんでいた。
***
――いつから、こんなことになってしまったのだろう。
草臥れたベージュのソファに身を任せ、テーブルに置かれた写真立てを虚ろに眺めながら、エリーゼ・リシェルは長く溜め息を吐く。
素っ気ない木のフレームに収まった写真の中で、自分と、かつての夫と、まだ幼い息子が、幸せに満ち溢れた笑みを放っている。
だがそんな微笑ましいひとこまでさえ、エリーゼには色褪せて見えた。
エリーゼにはかつて、勿論のことだが、夫がいた。
彼は業界では名の知られたマジシャンで、彼の弟子となったエリーゼは、間もなく結婚した。
やがてサンダーが生まれ一段落すると、今度は夫婦でマジシャンの活動を始めた。
世間が空前のマジックブームだったことも手伝い、実力に恵まれた二人はすぐにテレビにも出演するようになって、更に何ヶ月か経つとマジック界の頂点に登り詰めるまでになり、テレビ出演の依頼が殺到し、リシェル夫婦の名を知らない者はいないまでになった。
しかしそんな時。
天才少女、シャミー・ブルータスは突如として現れた。
ある時、マジック番組の以来ばかりだった二人に、あるバラエティ番組からの依頼が持ち上がった。
「マジックと超能力、凄いのはどちらか」という趣の企画書を示された時は、思わず笑ってしまった程だ。何しろその対戦相手が、息子と同じ年の少女だというのだから。
しかし。
結果、二人は若干四歳のシャミーの超能力に、完全に負かされることとなる。
そして今度は超能力ブームが訪れ、マジックはお払い箱となり、リシェル夫妻の名は地に落ち、収入源を失った一家は崩壊し、遂には夫は蒸発してしまった。
それから六年が経った。
育児の傍ら新たに見つけたコピーライターの仕事に身を捧げながらもマジシャン活動を続け、結果、一人息子を有名な私立学校に入れるまでに名誉を回復したというのに。
またしても一家を貶めたのは、あの小娘、シャミー・ブルータスだった。
一時はシャミーを憎んだ。
殺したいとまで思った。
実際、何度刃物に、縄に、睡眠薬に、手を伸ばしかけたことか。
でも、そんな方法で復讐をしてやりたいとは、今はもう思わない。
息子を、人殺しの息子にしてはいけないのだ。
――何をつまらないことに執着していたのだろう。
傷だらけのソファーに身を深く沈め、写真立てをもう一度眺めると、エリーゼは力なく微笑んだ。