――自分は、命を狙われているのかもしれない。
そんな根拠のない思いがふと芽生えてからというもの、シャミーの心は一時も休まることはなかった。学校でつまらない授業を聞いている時も、家で中身のないテレビを見ている時も、だ。
――そんなこと、あるはずがない。
到底起こり得るはずなどないのだ。
何度そう思ったことか。
何度そう願ったことか。
が、簡単に割り切ってしまうことなど、出来はしなかった。
大抵の場合、一度そうと思い込んでしまったなら、その考えからは抜け出せないものなのだ。
それが、どんなに突拍子もなく、起こり得るはずがない、起こり得てはならない考えだったとしても、だ。
――また痛みだした……。
五時間目の理科の時間のことだった。
シャミーは手にした空の試験管を試験管立てに戻すと、簡素な木の椅子に腰掛けて、疼き出した頭を左手で抱えた。
「シャミー、どうしたの?」
声のした方を振り返ると、眩暈で歪んだ視界に、クリスの端正な顔が不安げに顰められている姿が映った。
「ありがとう、でも大丈夫」シャミーは無理に笑ってみせた。
「シャミー、無理しない方がいいよ」クリスは眉を吊り上げた。なるべく自然な笑みに見えるよう努めたのだが、もしかすると顔が引き攣っていたのかもしれない。
「ありがとう、でも本当に――……えっ?」
「え、どうしたの? シャミー? どうかした?」
不安気なクリスの声色さえも、シャミーの耳には届かなかった。
シャミーが聞いていたのは、クリスの声ではなく、聞こえるはずがない声だったからだ。
「シャミー・ブルータス……忌まわしい小童」
シャミーは自分の耳を疑った。
地獄から聞こえてくるような、掠れた女の声。
そんな声は、理科室で座っている自分に聞こえるはずなどないのに、だ。
「……クソガキめ」
また、聞こえた。
私の耳は、どうかしてしまったのだろうか。
「死んでしまえ――」
ああ、狂ってしまいそうだ。
この女――おそらくエリーゼ・リシェル――と同様に。
これが幻聴だったらどんなにいいことか。
「消えてしまえ消えてしまえ消えてしまえ……殺してやる」
「……えっ?」
やはり、私は――命を狙われている?
「え? どうしたの、シャミー? どうかした?」
放心状態のシャミーには、クリスの声もまるで耳に届かなかった。
やがて――世界は歪み、シャミーは闇の彼方へと堕ちていった。