女は、カーテンを閉め切った部屋の中、ベッドに腰掛け、手には何かを握り締めて、猫撫で声で何かに向かって囁きかけた。
「おいで……おいで……」
「おいで――シャミー・ブルータス」
女が震える右手に握り締めているのは、藁人形。
全身を薄汚れた包帯で包まれた、藁人形。
心臓部分に、赤く染まった釘を打ち込まれた、藁人形。
女はその藁人形に、しきりに囁きかけるのだった。
「おいで――シャミー・ブルータス。私の許へ」
女は甘ったるい猫撫で声を使っているものの、その顔は笑ってはいない。
女は、憎しみに満ちた表情を浮かべ、囁き続ける。
「おいで――シャミー・ブルータス」
――そしたら、殺してやるから。
***
シャミーは居間のソファに腰掛け、上の空で何となくテレビ番組を観ていた。
七時から九時までの特番。
その内容はというと、お笑いタレント揃いのスタジオにマジシャンが呼ばれ、観客の目の前でマジックを披露するという趣向のものだ。
ありがちである。
テレビではマジシャン達がニコニコ笑いながら、シルクハットから鳩を出したり、脱出マジックをして見せたりしていた。
隣では、妹のマリーゴールドとお母さんがしきりに歓声を上げている。
「わあ! 見て見て、お姉ちゃん。すごいよ!」興奮してマリーが、シャミーの服の裾をぐいぐい引っ張る。
「ん?」
シャミーは浮かない気分のまま、テレビに目を向けた。
テレビでは、化粧のやたらに濃い、大柄な中年女性が、助手の女性が入った箱をノコギリで切断しているところだった。テレビの端っこには、「奇跡の魔術師! クルエラ・クイーンハンド」とある。
「わあー! ねっ、見てる? すごいすごーい!」
「うん、面白いねぇ」シャミーは生返事した。テレビの中では相変わらずクイーンハンドなる女性が、奇抜なマジックを披露している。
だが、シャミーの思考はもっと別のところにあった。
――あの声は、何だったのだろう?
――……もしかして、占いと能力で、正体を探れないこともないかもしれない。シャミーはそう考え始めた。
でも、手がかりはあの声しかないのだ。
占いを行うのなら、相当骨の折れる作業になるに違いない――
そんな雲を摑むような話を考えていると、またもマリーが服の裾をぐいぐい引っ張ってきた。
「ねぇねぇ、見てる? お姉ちゃぁん」不機嫌そうにマリーが口を尖らせる。
「はいはい、見てるよ」考えが遮断されて微かに苛立ったが、妹の機嫌を損ねては面倒臭いことになるので、あの声について考えるのは止めにして、テレビに目を向けた。
「――えっ?」
テレビには先程の中年女性ではなく、もっと若い――とはいっても、お母さんと同じくらい――女性がやつれた顔で無理に引き攣り笑いをして映っていた。
でも、この際女性のマジシャンはどうでもいいのだ。
シャミーが驚いたのは、画面の右端に表示された、小さな文字だった。
「華麗なる新ネタを今夜披露! エリーゼ・リシェル」
――リシェル。
――……サンダー・リシェル?
そこに映って引き攣った笑いを浮かべていたのは、サンダーの母親だった。
「どうしたの、シャミー?」お母さんが尋ねた。
「ううん、何でもな――つッ」サンダーの母親がカメラに視線を合わせたその瞬間、シャミーの額に走る突き刺すような痛みと、激しい吐き気。
――もしかすると。
――もしかすると……
あの声の正体は、エリーゼ・リシェル?