ニヵ月も経つ頃、ヒッグスはようやく、自分の妖術、剣術と、人魚薬の仕上がりに納得がいくようになった。とにかく、このニヵ月の間には、色々な事があった。
シェリーは来るべき怪物との対決を見越して、ヒッグスに約一回分の”永遠の真珠”を分け与えた。
それからヒッグスは、レームに”ゴッディア”を教わった。これを自分にかけるのは好ましくないが、怪物にかけると少しは役に立つだろうとレームが考えたためだ。
その他にも、石や岩を呼ぶ精霊呪文”カヒア”、進行遅らせ呪文の”ヒナーエ”、霧を呼ぶ精霊呪文”クブーラス”などを学んだ。
シェリーはヒッグスに、簡単な薬を片っ端から、時間の許す限り煎じさせた。その努力が実を結んだのか、ヒッグスは人魚薬を煎じるのにはさほど苦労しなかった。
一時的に想像力が豊かになり、ストレスが軽減される”ヌメヌメ草の芸術家スープ”は桃色の泡をぶくぶく出すショッキングピンクの薬で、主に思うような絵が描けない画家などが愛用する。妖精界と人魚界で年に一回開催される「絵画美術作品コンテスト」ではこの薬の使用が固く禁じられ、厳しい検査が行われる程だ。
ヒッグスは人魚薬を煎じることが得意だったが、一つだけ例外があった。”カメレオン変身薬”だ。本には「虹の七色が混ざり合い、美しい極上のグラデーションを形作る」とあったのだが、ヒッグスの煎じたカメレオン変身薬のようなものは、藍色とこげ茶とベージュが混ざったお世辞にも美しいとは言えない代物となった。「水の如く粘つきのない薬と仕上がる」となっていたのに、ヒッグスの薬はシチュー並みにドロドロだった。更にはその薬を試しに飲んでみると、「周りの風景に溶け込む」はずが、ヒッグスのいる所からは白く強い光が放たれて、顔も鮮やかな黄色や紫色に染まってしまった。シェリーは、ピエロのように滑稽な姿をさらしてオドオドしているヒッグスを見、腹を抱えて笑った。
シェリーは言った。
「妖精界、人魚界の出す課題全てをクリアして、剣術と妖術を駆使して試験官との戦いに見事勝った暁には、妖戦士の認定状を貰える、ってわけ。勿論レームは、試験に合格してるわ。私も二回受けたことがあるけど・・・・・・まあ、私の専門は人魚薬だからね。でもはっきり言って、貴方のカメレオン変身薬のレベルで合格は出来ない。あと何ヵ月か特訓すれば、人魚薬はなんとか・・・・・・妖術は知らないけどね。怪物も近頃目に見えて大人しくなったし、何でもコアンナの予言だと『黒雲は、北風に乗って不幸と共にやって来る』だそうよ。今は夏、半年以上も残ってるから、落ち着いてちゃんとやれば大丈夫!」
秋も真っ只中、ヒッグスはレームとシェリーと共に海底で訓練をしていた。
秋に入ってからというもの、妖精界は風が強くて浮遊術の練習には邪魔なので、人魚界で唯一水に覆われていない洞窟、”死の広場”で三人で練習することが多かった。空気があり、水が一滴もないため人魚の間で”死の広場”と呼ばれるその場所は、滅多に人が来ないため、練習にはもってこいの場所だった。
練習後、レームが口を開いた。
「自然の力を呼びよせる呪文も、浮遊術も完全にマスターしたようですね。防衛呪文も素晴らしいです。剣術は褒めるに値しないかもしれませんが、そろそろ妖戦士の試験を受けてみては?」
「はい。僕、そうします」
それからというもの、レームとシェリーは明らかに冷たく、厳しい態度を取るようになった。カメレオン変身薬も何度もやり直しをくらい、四回目にようやくコツを掴んだ。
「そう、そう!やっと、弱くかき混ぜなくちゃならないってことに気付いたね?一つヒントをあげる。弱火もいいけど、とろ火にかけた方が、色彩が美しくなるよ。」
レームはヒッグスに、分身呪文を教えてくれた。忍者のやる分身の術のようなものではなく、一時的に自分にそっくりな分身、つまり立体コピーのようなものを一時的につくるのだ。コピー(分身)が本物かどうかは、コピーが痛がらないということに気付けば分かる。
ヒッグスのコピーはどう見ても片目が黄色で、ワープ呪文と浮遊呪文が気に入っている様子だった。
「コバフリー!ヒッグス、ついでに分身消失呪文も学びなさい。囁き声で、しかし力強く、”コバフリー”。さあ、もう一度分身を作って、私の分身に呪文をかけなさい」
「はい。ツァウィローザ!」ヒッグスの作りだした分身は何故か筋肉がもの凄く、妖術をかけるどころか、レームの分身を殴り始めた。
「コバフリー!」
ヒッグスの分身は、左目を残して消えた。
「コバフリー。ヒッグス、”ツァウィローザ”と唱える時は怒鳴るのではなく、大声を出すだけですよ。それと、”コバフリー”は小声でなく、囁き声でと言ったでしょう!はい、もう一度。」
その日は”ツァウィローザ”を覚えきれず、結局マスターするまでには一週間を要した。剣での戦いは上達したものの、シェリーにはどうしても敵わなかった。レームがぎりぎりまで加減して、やっと勝つぐらいだ。レームは妖戦士なのでかなり剣が上手かったが、シェリーはもっと上手だった。
「こんな剣じゃとても合格出来るかどうか・・・・・・。でも重要なのは妖術ですからね。では次は、私の分身に妖術をかけながら、剣で戦ってみなさい。ツァウィローザ!」
分身とはいえ、とても強かった。
「バーデア!風が吹き荒れ、レームのコピーを吹き飛ばした。
「始めから暴風呪文を使うようじゃいけません!体力には限りがあるということを忘れないで!」
「あぁー・・・・・・待って、待って!ヒナーエ!エウソシャル・ミーン!あー・・・・・・ホゼアール!」
「コバフリー!もうそのへんで。明日の試験に備えて、体力を保って下さい。進行遅らせ呪文、自身強化呪文は上出来。しかし、”ホゼアール”・・・・・・鉄や剣を呼ぶ呪文ですが、唱え方として、あれは望ましくありません。発音の仕方をもう一度復習するように・・・・・・。では、明日は頑張って下さい。」