サラリーマン探険隊 秘境奄美を行く
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三日目 最終章

ローカル空港らしく、ロビーは閑散としていた。7時発の飛行機にはたっぷりと余裕があったので、とりあえずチェックインを済ませて登場口にある土産物屋に向かった。こじんまりとした土産物コーナーには数件の店が出店しているようであったが、店頭に並ぶ土産物は皆ほとんど一緒であった。今回のたびを内緒にして来た家族への後ろめたさもあり、家に持ち帰る土産はいつもより多めに購入した。自分のために黒糖焼酎を買いたかったが、荷物の重さは既に限界を超えているのと、探せば近所のリカーショップあたりでも手に入るかと思い今回は見送った。出発にはまだ時間があったので、レストランで一服することにした。夕飯を食べてもおかしくない時間ではあったが、二人とも遅い昼食でまだ腹に隙間が出来ていなかったため、飲み物だけを注文した。店の中のTVでは間もなく打ち上げられるH2ロケットについて、けたたましくリポーターがまくし立てていた。種子島といえばすぐ隣である。もしかしたらロケットの光跡でもみえるかな?などと思ったがこの曇天では見えるはずが無い。ほとんど無言で二人はボーっと滑走路を見つめていた。登場の案内が始まる前に出発ロビーへと向かった。ロビーにはいかにも1機分と思えるくらいの人が出発を待ち受けていた。その中の数人は見覚えがある。確か往路の飛行機で一緒だった人たちだ。みんな同じようにこの島を満喫したのであろうか?間もなくすると、係員の甲高い声で搭乗案内が開始された。いよいよ島ともお別れである。たった三日間の滞在であったがたくさんの思い出ができた。そういえば、到着したときはどしゃ降りの雨だった。どうなるものやらと思っていたが、充分に目的と使命を果たせたのではないだろうか。思っていた通り自然が豊富で、近代社会から取り残されたようなまさしく東洋のガラパゴスであった。自然や動物だけでなく人間そのものが美しくやさしい島であった。家族には申し訳なかったが、今回の探険は大成功であったと一人満足感に浸っていた。やむなく飛行機は奄美空港をとびたった。卓袱の闇で島の様子をうかがい知ることは出来なかったが、無事に旅を出来たこと・たくさんの思い出を残してくれたことに感謝していた。飛行機はほとんどゆれることも無く羽田を目指していた。その間ずーと窓の外をぼんやりと眺めていた。飛行機は太平洋の沿岸に沿って飛んでいるようで所々都市がちかずくとネオンが瞬いて見えた。搭乗前に飲んだビールが効いているのかずっとぼんやりしていた。機長のアナウンスで到着時間が20:45分と知らされた。もしかすると羽田発の最終高速バスに乗れる・・・突然現実に引き戻された。そーいえば往路で2時間かかっていたので、羽田発の最終高速バスには絶対間に合わないとあきらめていたが、20:45分着なら可能性がでてきた。急に眠気がとんで機長を応援したい気持ちになった。きわどい時間であったが、追い風の影響や機長のひとがんばりでもしかしたら間に合うのではないかと真剣に思い始めていた。そうこうしているまに、窓の外に花火が上がったような煌びやかな光が入ってきた。東京に近づいたのである。奄美の卓袱の闇に比べると別世界であり、きれいというよりやはり異常にみえる。晴れた夜空から東京を見ることは初めてだったが、恐ろしく明るい。自然の生態系どころか人間の感覚までもがおかしくなってしまうのではなかろうか?飛行機は東京湾上空を一気に下降し羽田へと到着した。予定通りである。有難う機長!シートベルトサインが消えるのももどかしく荷物の整理に取り掛かった。タラップが到着し前の乗客から機外へと歩を進めた。ジャンボであればなかなか進まない列だが、小型の飛行機の利点ですぐに降りることが出来た。まだ間に合う!相棒とまともに別れの挨拶もせずに一気にコインロッカーへと走り出した。行きに預けた着替えを取りに行くのである。へろへろになりながらコインロッカーに到着すると、財布の奥から暗証番号の紙切れを取り出し入力した。両手に持ちきれないほどの荷物を何とか抱えて高速バスチケット販売所にたどり着いた。行き先を告げると、案内のお姉さんがのんびりした口調で「まだ間に合いますよ!」といってくれた。ほっとして汗が吹き出てきた。よろけながら切符を手にしてバス停に行くと3人並んでいた。先に第二ターミナルを経由してここにくるのでどのくらい混雑しているのか予想が出来なかったが、すぐにその予想が無駄であることが解った。バスが到着したが誰も乗っていなかった。先に並んでいた3人は前のほうに席をとった。隊長は一番後ろへと歩を進めた。最後の重要任務が残っていたのである。元の出張スタイルに戻らなくてはならない。走り出したバスの中でゆっくりと着替えた。浦安ランプのあたりでちょうどTDLの終演の花火が上がっていた。あと1時間もすれば元の生活に戻ることとなる。首都高の車のライトがさびしげに見えた。到着時間を妻にメールした後、少し眠った。高速を降りるバスのゆれですぐに目覚めてしまった。眠りが深かったのかいまいちすっきりせず、奄美での出来事も夢であったかのようであった。見慣れた景色をバスは走り、妻の待つ停留場へと到着した。既に乗客は隊長と後一人しか乗っていなかったが、二人ともここで降りた。バス停の脇に止まっていた妻の車に乗り込むと、妻がつぶやいた。「おお寒い!」 三日前の朝に聞いたせりふと同じだった・・・

三日目 最終日の出来事

三日目の朝を迎えた。土曜日ということもあり宿の前の道路の騒音はそれほど気にならなかった。さすがに二晩続けて午前様、しかも飲みすぎ食いすぎ状態での三日目の朝はつらいかと思ったが、意外にもすっきりした朝だった。ただし相棒はすっかりだめ男のようである。ほとんど意識不明状態である。探険最終日のスケジュールはこれといってなかった。とりあえずこの地でのサーフィンのメッカである手広海岸がどんなものかと興味があったので、まずはそこを目指すことにした。そーいえば昨日磯っ子の女将さんが紹介してくれようとしたサーファーの娘がバイトしている店を教えてくれたので、波情報なども聞きつつとうりがけによって見ることとした。意識の戻らない相棒を助手席に乗せ隊長自らハンドルを握った。サーフショップはすぐ近くのダイエーの裏手にあると聞いていたが、これがなかなか見つからない。何度も同じところをぐるぐる旋回してやっと見つけた。店には男の人が一人いるだけでひっそりとしていた。とりあえず波情報などを聞いて見たが、あいにくの強風でどこもよくないという。しいて言えば手広海岸は風があってるようだと教えてもらった。サーフィンをする勇気はあまりなかったが、暇つぶしにもなるので手広海岸を目指すこととした。手広海岸までは30分位であろうか。名瀬から空港方向に走ることになる。既に何度か走った道なので手馴れたものである。意識不明の相棒をよそに快調に安全運転を続けた。15分くらい走ったであろうか?意識を戻した相棒が周りを見渡して「これ反対でねーの?」とつぶやいた。しまった!隊長としたことがまったく反対方向へと車を進めてしまったらしい。あわててUターンしてきた道を戻った。相棒は再び意識を失っている。何故に気がついたのであろうか?再び何故の市内に入り信号待ちで止まった。何気なく路肩を見ると、小さな店が並んでおり車が停止したのは畳屋さんの前であった。ちょうど店の中から畳が運び出されてくるところであったが、畳を運ぶ人を見て唖然とした。くさやだ!隊長であることも忘れて大声をあげてしまった。まさしくあの銭湯で出会ったくさや男であった。彼の正体はまったくの不明であったが、最終日の信号待ちの偶然で彼が何者か判明した。なんてドラマティックであろう。隊長の大声で意識を戻した相棒もこのドラマティックな出会いに感動していた。きっと重い畳を運搬したっぷりかいた汗と疲れを銭湯で癒していたのであろう!あばよくさや男!ほんとにもう二度と会うことは無いであろう。感動を胸に再び車は走り始めた。やっとのことで手広海岸に到着した。トイレのある小さな駐車場に3台の車が止まっていた。海を見ると波はほとんど無く、セットで腰くらいの波が10分に一回くらい入る程度である。みたところ3人のサーファーが入っているようだが、ほとんど波待ちである。そのうちの二人がすぐにあがってきた。カップルでロングにのっていたらしく、重そうに抱えながら砂浜を歩いてきた。コンディションを聞いて見ると、セットもほとんど入らず潮が引いていて危ないらしい。板のそこを何度もリーフにぶつけたと話していた。とても素人の隊長が入れる状態ではなさそうだ。すぐにもう一人も上がってきた。20代後半であろうか、地元民でないことは隊長にはすぐに解った。かれにもはなしかけるとやはり同じことを言ってリーフが出てきて危険だという。我々を観光客と知りいろいろ話し掛けてきた。彼が着替えているときに気づいたのだが、彼の車は水戸ナンバーであった。そのことを彼に問い掛けると、何でも仕事の都合で1年位前に越してきたという。我々も茨城から来たと告げると懐かしそうにいろいろと聞いてきた。話してるうちに解ったが、ずいぶんと近くにいたようで我々の会社のことも知っていたし、サーフィンのホームグランドも一緒であった。こんなところに越してこられるなんてうらやましいね!と彼に話すと、「三日もいれば飽きますよ!」っとどこかで聞いたような回答が返ってきた。海には誰もいなくなった。手広海岸はサーフポイントの反対側に岩場があり、その景色もとてもきれいだった。散歩がてら少し歩くと犬の散歩をしていたおばさんに出会った。「きれいな海岸ですね」話し掛けると、「南のほうにはもっときれいな海岸がたくさんあるよ!」と教えてくれた。今年は年明けから天候不順で寒い日が多いけど、本来なら2月後半でも暑い日は海で泳げるそうだ。おばさんとしばらく話し込んでいたが、その間犬には吠えられっぱなしだった。車に戻ると相棒の意識が戻りかけていた。既に十二時近くになっていた。最後の食事をどこで取ろうか?そういえば黒豚を食べていなかった。事前にリサーチしたHPには黒豚の美味しい店が出ていた。どうにかそこそ突き止めようとモバイルを駆使したが結局見つからず車で探すこととした。覚えていたのは笠利町にあったということだけである。笠利町は島の北側で空港よりもさらに北に位置する。車で北部周辺を散策したがそれらしい店を見つけることが出来なかった。しばらく道なりに走っていると「黒豚」の文字が見えてきた。残念ながら目的のレストランではなく精肉店だった。ここで聞けば何かわかるかも?そう思い車を止めて店に入った。店にはおばあさんが一人で留守番をしていた。「黒豚を食べられるお店をご存知ですか?」たずねてみると、「私の息子が店を出しているこらそこにいけばいい。でんわしてあげるよ!」といってくれた。聞き出した店はHPで見たのとは違う店であったが、とりあえず黒豚が食べられれば・・・ということでさっそく向かった。連絡を取っていただくまでも無く店の名前を聞くと何度も通った道沿いにあったのを思い出し迷うことなくすぐに到着した。残念ながらその日黒豚のメニューはなかった。仕方なく普通の豚カツ定食を頼んだがこれがすごくやわらかくて美味しかった。暴飲・暴食で膨らみきった腹にはもう隙間など存在しないと思っていたが、美味しいものは別腹である。米粒一粒も残さずにたいらげてしまった。最後の晩餐とはいかないが、最後のランチメニューであった。奄美でのすべての目的を果たした我々は、いよいよ帰路へとつくこととした。まずはレンタカーの返却である。空港前のGSでとてつもなく高いレギュラーを満タンにし、レンタカー事務所へと向かった。事務所には到着した日と同じく、ばってんおいどん西郷ドンが二人と南国兄ちゃんが暇そうにしていた。無事に車と傘を返却し空港まで送ってもらった。7時発の飛行機にはまだ早かったが5時過ぎには空港に到着した。

2日目 AM18:00から0:00までの出来事

二日目の探険を終えた我々は無事にベースキャンプ海風荘へと到着した。ベースキャンプで一息入れて夜の探検へとリサーチを開始した。昨夜の鶴の子は酒も肴も抜群だったので、今晩も期待大である。いろいろなHPでリサーチした結果、今晩は磯っ子という居酒屋に決定した。ここに決めた理由は、焼酎お試しコースであった。なんでも3種類の焼酎を自由に選択してお試し価格で頂く事が出来るらしい。奄美名産黒糖焼酎全銘柄征服への近道であると判断した。場所が決まれば膳は急げである。今日も銭湯の準備をしてでかかる事とした。そういえば昨日は銭湯でなぞのくさや男と遭遇した。鼻の奥を突き上げるような強烈な刺激臭が蘇ってきた。ただし今日は昨日よりも30分ぐらい早めの出発である。彼の招待は不明だが、地元ローカルであれば多分毎日同じ時間に出没するであろう。隊長の長年の感である。我々は急ぎ足で銭湯へと向かったのである。銭湯に到着し番台でお金を払い、入り口の扉を開けて愕然とした。湯気の向こうにくさやの姿が見えたのである。敵もさる者である。おもいっきり裏をかかれてしまった。疲れを癒すはずの風呂なのに、緊張感が張りつめた。払ってしまった以上しかたなく風呂につかることとした。カヌーのパドルを回し続けてパンパンに張った肩をほぐすべく、電気びりびり風呂にたっぷりとつかった。ゆったりのんびり鼻歌気分を味わいたいところだが、くさや男の動向が気になり落ち着かない。何とか彼に早く出でくれ!と念を送り続けた。ゆでだこ寸前で彼が湯気の向こうに去ってゆくのが見えた。あばよくささ男!二度と会うことはないだろう!こころのなかでつぶやいた。しばらくして我々も脱衣場へと向かったが、既に彼の姿はなくついでに残り香も無かった。颯爽と着替えて銭湯を出ると、にわか雨がふっていた。湯上りの火照った体には気持ち良いぐらいだが、まだ2月である。つくづく南国気分を味わえた気がした。居酒屋「磯っ子」までは道に迷うことも無く10分程度で到着した。店に入るとカウンターと座敷が5から6席の比較的こじんまりとしていた。雨にぬれた我々を見て、店の兄ちゃんが「雨ですか?」と声をかけてきた。まだ二十台半ばくらいであろうか、隊長の千里眼では彼は地元民でないことはすぐに判別できた。奥の座敷を選び、さっそく焼酎お試しセットをお願いした。もちろんチョイスは兄ちゃんにおまかせで、二人分×3種類=6種類の焼酎を注文した。昨日とはまた違った種類である。いったいこの島には何種類の黒糖焼酎が存在するのであろうか?果てしなく探険隊の野望は広がるばかりである。おつまみもきのうから続く地元名産シリーズを継続した。その中でも「つきあげ」の文字が気になり注文してみると、俗にいうさつま揚げをあぶったものが出てきた。この地方ではつきあげというらしい。おろしじょうゆで食べるのだが、これがものすごく美味しかった。その他自分には絶対に無理と思われる「ゴーヤサラダ」にも挑戦してみた。なんせ隊長である私が言うのも恥ずかしいのだが、大の野菜嫌いである。にんじん・ピーマン・たまねぎはまったくだめ男である。そんな男がゴーヤを食えるはずがないと思いながらも挑戦してみると、これが意外といけるのである。苦いのが美味く感じる。いったい自分の味覚はどうなっているのか?自分でもさっぱりわからない。とにかく昨日に引き続き信じられないくらい飲んで食ってしゃべって、腹がパンパンであった。焼酎もある程度のみつくし、泡盛にも手を染め今日もすっかりだめ男になってしまった。注文を取りに着たついでに兄ちゃんといろいろ話したが、やはり彼は地元民ではなく大阪から来たのだそうだ。何でも旅行でこの地を訪れ、そのときに見た大島紬に魅せられて移住を決心したという。一見軟弱そうに見えるが、芯の通ったまじめそうな青年である。風に流されるままのサラリーマン生活を送る我々とは大違いである。かれには明確な目標がある。ただ我々にもこのあとキャバを制覇するという目標があった。ここでだめ男になるわけには行かない。もっともっと奄美の奥深くまで踏み入らねば探険隊の使命が果たせないのである。気を引き締めなおしたが、ウェストはすでにしまらなくなっていた。お勘定を済ませて店を出ることとした。レジにはこの店の女将さんがいた。我々を観光客と知っていろいろと話し掛けてきた。明日の予定はと聞かれて、酔って気が大きくなったせいか「サーフィンでもしようかと思ってます」なんて答えていた。確かに奄美はサーフィンのメッカでもあり入って見たい気はするが、道具も無くそもそも4~5年はブランクがある。半分冗談だったが、女将さんは「前にこの店でバイトしてた娘がサーファーだから紹介してあげる!」なんて言い出してしまった。やばい展開にどきどきしたが女将さんが携帯で連絡を取ろうとするも番号が違っているようでその娘には繋がらなかった。申し訳なさそうに女将さんは謝ったが、謝りたいのはこちらであった。とりあえずお勘定を済ませて、兄ちゃんにお勧めの店を聞くと2軒の候補をあげて来た。一軒は地元の子が多くて安めの「パブQ」ただし質は・・・、もう一軒は島外の子が多く高めの「LADY」質はGood。苦渋の選択であったが、やはり奄美の人々とのコミュニケーションを大切にするという思いが強く「パブQ」を選択した。・・本当は\2000/40分という激安プライスにつられてしまった。店までは親切に兄ちゃんが連れて行ってくれた。雑居ビルのエレベータ前で「このエレベーターで4階で降りるとすぐですから」。本当に彼には助けていただいた。彼の指示通り4階で降りると目の前にパブQは有った。重厚な扉を開けるといかにもパブといった風景が目に映った。入り口にいたボーイ(地元民)に奥の席を紹介されると、すぐに一人の女の子がついた。焼酎にします・ウイスキーにします?少し語尾上がりの口調で彼女が聞いてきた。迷わず焼酎を選択したが、飲み放題ということもあり銘柄は期待できなかった。すぐにボーイ(地元民)が焼酎とアイスを持ってきたが、驚いたことに焼酎は奄美名産「れんと」であった。さすが奄美。とりあえず乾杯し彼女と話をした。年は23で、地元中学を卒業後東京のキャバで数年働き、都会がいやになって地元に戻ってきたのだという。なぜに若者は都会を目指すのか?自分がこの島で生まれたら絶対に生涯をここで過ごす!といったが、「観光客はみんなそういうよ!三日もいればたいくつであきるよ!」とあっさり返されてしまった。そーいえば島の人と話す機会が少なかったので聞きそびれていたが、この島の車は皆安全運転なの?と聞くと、「ほんと頭きちゃう!」と意外な返事が返ってきた。若い人たちには意外とストレスだったのだ。彼女は都会で過ごしたことを誇らしげに思っているらしく、「あたしぜんぜんなまってないから」としきりにいっていたが、なまってないからの語尾が上がるのがすごく気になった。「島のしょうゆはこゆいでしょう?」と聞いてきたが、こゆいはやっぱりなまりである。彼女のプライドをきづつけるのも怖いのであえて指摘はしなかった。途中から自称18歳という娘も加わり4人であっという間の80分を過ごしてしまった。これ以上いるときりが無い。隊長の的確な判断で店を出ることとした。後ろ髪を惹かれる思いで店を出た二人が向かったのはベースキャンプではなく、「LADY」であった。磯っ子を出るときに下した苦渋の決断はいったいなんであったのだろうか?結局2軒ともに寄ることとなってしまった。酔っているときは不思議なもので迷うことも無くすぐに目的の店に到着する。素面だと必ずまようのだが・・・店の中は幾分高級感が漂っていた。客層もパブQは仕事帰りの兄ちゃん中心だったが、LADYはどちらかというと一人できている金持ち風のおっさんが多かった。どう見ても観光客は我々だけだ。店のママらしき30半ばと思われるLADYが席についた。磯っ子の兄ちゃんがいってた通り地元民ではなく、大阪出身だという。スーツを着込んだりんとした姿はまさしくLADYであった。比較的上品な会話を60分楽しんだが、周りを見ると既に客の姿は見当たらず「そろそろラストですが?」というつれない言葉でしぶしぶと店を出ることとなった。すっかり日付も変わりさすがに店の外には人通りも無かったが、散々飲んで・食って・さわいだ後にしては何故かすがすがしい気持ちでベースキャンプへと向かっていた。多分2晩で飲んだ量と食った量は普段の生活の何倍にも値するであろう。こんな贅沢を体験したのははじめてかもしれない。やっと目的を果たしたような満足感と満腹感がきっとこのすがすがしさを生み出しているのであろう。本当に満喫した二日間であった。最終日を前にすっかり満足感で一杯であった。パブQのお姉さんが言っていた「三日であきるよ!」の言葉の意味がなんとなくわかったような気がした。

2日目 AM15:00から18:00までの出来事

カヌーツアーを終えた我々は、次なる目的である南部方面半周を続けていた。この島に着てからずっと感じていたのだが、基本的に皆が安全走行なのである。というか遅すぎる。平均速度が40キロ以下なのである。ただし背後に気配を感じると必ず左側に停車して後の車をやり過ごすのである。きっと必要以上に急ぐことがないのであろう。交通戦争・車社会の真っ只中にいる我々にとってはうらやましいくらいのマナーである。天気もよく、気持ちよくドライブを続けていたが、必至にカヌーを漕いだせいか小腹がすいてきた。あまり気にしてはいなかったが、道路を走っていてコンビニをほとんど見かけない。数キロはしってそれらしき店がやっと見かけるくらいである。しかもメジャーなコンビにではなく、店構えをにせたローカルなコンビになのである。山道に入る前にコンビニを見かけたのでとりあえず入ることにした。店の前の自販機でコーヒーを買おうとしたが、お金がすぐに戻ってしまう。しょうがないので店の中で買おうとしたが店内が異常に暗い。開いてるのか?不安に思ったがレジには店の女性らしき人影が見えたので思い切って店の中に入った。こんなに暗く活気のないコンビには初めてだが、とりあえずショーケースから缶コーヒーを取り出してレジへと向かった。レジの脇にあるあんまん・肉まんケースの看板に、黒豚まんという文字を見つけた。地元オンリーのローカル品らしく、ほかほかの湯気をたずさえて中からジューシーな黒豚肉を見せつけている美味しそうな写真が貼られていた。カヌーツアーで冷えた体を温めるべく、これは食べるしかない。隊長のとっさの判断でレジの女性に勢い良く注文した。しかしレジの女性からは意外な一言が返ってきた。「今、全島停電だからあったまっていないんですけど・・・」。どおりで店の中が真っ暗なのである。なんでも停電になってから1時間くらいたっているらしい。道路に信号もほとんどないのでまったく気がつく場面がなかった。しかしあきらめきれず、「せっかくなので黒豚まん下さい」。レジの女性は苦笑いを浮かべていた。暗い店を出て早速食してみたが、微妙に生温かい。ほかほかの湯気はまったく立たずぬるめの肉汁が中から出てきた。ぬるい缶コーヒーと一緒に空腹におしこんで再び車を走らせた。住用村から瀬戸内町に入り、いくつかの峠を越して古仁屋の海岸へと到着した。対岸には加計呂麻島が見えていた。本来であればフェリーを使い加計呂麻へ渡りたいところであったが、なにぶん二泊三日の強行日程のため今回の渡航は見送った。瀬戸内町の海岸線を西へと車を走らせた。海岸線は入り組んでいたが、二車線の舗装道路が整備されており快適に走行できた。対岸にはずっと加計呂麻島が見えていた。南部の海岸は北部とは一味違った雰囲気をかもし出しており、海岸線ぎりぎりまで切り立った崖が続いており、その下には深いエメラルドグリーンの海が広がっていた。気温もあがり春霞がかかった加計呂麻の景色と海の青さがとても幻想的な世界を作り上げていた。瀬戸内から宇検村を経て大和村に入ると、ついに目の前に東シナ海がひろがっていた。今までの内海とは違い切り立った岩礁に激しく波がたたきつけていた。島の西側には夕日を眺めるスポットが点在し、我々も高台にある島の南端と夕日を眺められる場所に車を止めた。17:00をまわり、美しい夕日が海に反射し、島の影とともに名画を見ているような錯覚にしばし身動きもせずに見入っていた。ロマンチックなこの景色に、恋人同士であればきっといちころであろう。百戦錬磨のおっさんにしても涙が出るくらい美しい景色である。ずっと余韻に浸っていたかったが、おっさん二人が夕日を眺めている姿もどうしたものかと、後ろ髪を惹かれる思いでその場を後にした。そういえばここまでの旅では、女性との出会いもめぐり合いも・会話すらもほとんどない。このうっぷんは今晩の夜の探検で晴らすべく、名瀬に向かい帰路を急いだ探検隊であった。

2日目 AM11::00から15:00までの出来事

金作原から無事に脱出した我々探検隊は、次なる目的地「マングローブカヌーツアー」を目指した。国道を南下し住用村を進むとすぐに目的地マングローブパークが見えてきた。ここは道の駅になっており、その一角がカヌーツアーの発着点となっている。国道を左折し駐車場に入ろうとしたところ、反対側の看板に「カヌー2時間 1000円 マングローブ茶屋」の文字を発見した。マングローブパークより500円プライスダウンである。特に予約も必要ないようなので、ここでレンタルすることにした。時間はAM11:00を回っており、カヌーに乗る前に腹ごしらえをしておこうということになった。今来た国道の途中で食堂を見かけたので少し戻ることにした。食堂は開店して間もないようで、こじんまりとはしていたがとてもきれいな店内であった。メニューも豊富で丼物からうどん・そば・明石焼きなどアラカルトに富んでいた。相棒はうどんを、隊長は豚丼をそれぞれ注文した。両メニューとも空腹を満たすには充分すぎるほどの量であった。すでにベルトの穴の位置は探検開始前より3つずらされていた。満腹になった探検隊は、マングローブパークを通り越し、すぐ先にあるマングローブ茶屋へと到着した。カヌーのレンタルを申し込むと店のおじさんに、「好きなだけ乗ってきていいよ!」といわれた。どうやらシーズンオフで客もいなく、おっさん二人のレンタルなのでガイドする気もなく、どうぞご自由に状態のようである。とりあえず発着場までは各自移動なので、おじさんの車の後についていった。途中河口が見渡せる高台のところでおじさんが車を止めて、我々に見所を説明してくれた。「あそこの松の手前にある干潟に、かにがたくさんいるから見たらいいよ!」と遠くを指差したが、指の先には森が広がっておりどの松だか我々にはさっぱり解らなかった。とりあえず話を合わせて発着場へと向かった。川のほとりに駐車スペースがあり、そこに車をおきたくさん並べてあるカヌーから2艇をレンタルしパドルを受け取った。とりあえず簡単な乗り降りの説明を聞いて、いざ出発したのであった。川の流れは緩やかで、風もなく川面に映る景色がまるで中国の水墨画のように美しかった。水深も浅いようでそこの玉砂利がはっきりと見えた。川のほとりには水鳥が生息し、鳥を怖がらせぬようパドルをこがずに川の流れにまかせて下った。緩やかな流れとせせらぎの音、それに満腹感も手伝ってすっかり夢心地となっていた。しばらく進むと浅瀬が見えてきて引き潮で出来た干潟があった。カヌーを浅瀬において早速我々は上陸しあたりを探索することとした。すぐに気づいたのだが、白い貝殻のようなものがあたり一面を覆っていたが、我々の進行にあわせるかのように周囲の貝殻だけ消えてしまう。よく見ると片方のはさみだけを出したかにが無数いて、人の気配を感じると穴の中に引っ込んでしまうようだ。気配を殺してたたずむとすぐにまたはさみを出すのである。しばらくその光景に見とれていた。かなり潮が引いているらしくマングローブの根本があらわになっていた。穴からかにを引き出すことにしばし夢中になっていた。この干潟には別の種類のトロピカルな青いかにも生息しており、無毒無害な生物に虫嫌いの隊長も安心して探索することが出来た。一通り干潟の探索を終え下ってきた川をのぼる事とした。カヌーに乗りパドルをこぎ始めて気づいたのだが、結構流れが急である。必至に漕いでもほとんど景色が変わらない。くだりは流れに任せて悠悠自適であったが、登りはかなり厳しい。何とか少しずつ前進したが、今度は浅瀬で座礁してしまった。どうやら川の流れに引き潮が加わり、川をのぼるにはかなり不利な条件になってしまっているようだ。必死に漕ぐもパドルが底にあたってしまいうまく進まない。両手を底についてカヌーを前に押し出しながら少しづつ前進した。その姿はまさしく有明海のトビハゼのようであった。ツアーパンフや旅行誌などにはマングローブのトンネルの中をボートやカヌーが進む姿が登場していたが、同じルートをたどろうとしたが引き潮のためそのルートもすっかり干上がっていた。両腕がはちきれんばかりの痛みを覚えながら何とか発着場へとたどり着いた。ここでも無事に生還したのである。しかしながらその代償は大きく、後日の筋肉痛へとつながったのであった。我々探検隊はここでも重要なことを学んだ。「マングローブカヌーは上潮のとき!」。時間はPM14:00をまわり、我々は次の目的地、南部西側半周周りへと出発したのであった。

2日目 AM7:00~11:00までの出来事

奄美の二日目は、通勤ラッシュの車の騒音で始まった。関東より日の出が遅いためかまだ夜が明けきれぬようであったが、宿の前の道路ではあきらかに通勤通学のラッシュを迎えていた。ヘロヘロになるまで飲み明かした昨晩であったが、今朝はすこぶる快調である。普通なら二日酔いでブルーな朝を迎えるはずが、気持ちよく目覚めを迎えた。どうやら絶好調で探検に出発できそうである。探検本番である2日目の予定は、午前中に金作原 大原生林を探求し、午後からマングローブの群生地をカヌーで渡り、最後は南部一周 西側半周回りの盛り沢山である。早速身支度をしてAM8:00前には宿を出発した。金作原原生林は古代樹であるシダ類がうっそうと生い茂り、ルリカケスや黒ウサギなどここにしか生息しない動物が見られるというまさしく現代のジュラシックパークである。地図上では宿から車で30分程度のところにあるらしい。観光客向けに金作原トレッキングツアーやMTBツアーなどが組まれているが、無論我々探検隊にはまったく無用である。地図からコースを探ったが、午後の行動を考えると西側から東側へ山を縦断するのがベストとよんだ。走行中に西側からの入り口を探ったがなかなか見つからない。どうやら特に看板などは出ていないようである。地図から当たりをつけて車1台やっと通れる位の道を登り始めた。とはいえ舗装道路であったのである程度の速度でどんどん山奥へと上っていった。入り口から20分くらい上ったあたりから徐々に勾配を増し、カーブもきつくなり軽自動車はうなりを上げて登っていた。日光のいろは坂よりもきつめの勾配で車1台がやっとの道幅である。道路わきは切り立った崖になっており、慎重にハンドルを操作した。さらに奥深くへと進むとついに舗装が途切れ、本格的な林道になってしまった。引き返したいがUターン場所も見当たらず、すぐに舗装道路に戻ることを祈りつつ先へと進んだ。だが事態はさらに悪化した。自動車1台有った道幅が、軽自動車1台分になってしまった。崖の高さも登った分高くなったようで、そこが見えない。しかも前日の大雨で地盤が緩んだのか、林道脇が崩れかかっている場所が多発していた。林道脇の白く細い看板に「金作原」と書かれていた。ついに我々は目的の地へと足を踏み入れたのである。しかしあまりの恐怖で車から降りられず、とにかく先を急いだ。林道の途中に車1台分くらいの空き地を見つけた。とりあえず車を止めてあたりを探索することとした。うっそうとした森の中を少し歩くと、いかにも人工的な足場の階段を発見した。何かに導かれるかのように階段を下りていくとそこには巨大な大木が聳え立っていた。どうやらツアー客がこの樹を見やすくするために、足場が組んであったようである。ツアー客もここまでくるのかと、道に迷ったかの不安にさいなまれて我々に少し安堵の雰囲気が漂った。しかし誰もいない山奥というのはまったく不気味である。得体の知れない生き物の鳴き声や、風の音にさえも敏感に反応していた。ガイドブックにも書いてあったが、ハブなども頻繁に出没するらしい。そのために必ずツアーガイドと同行して入山せよ!と、どの本にも記されていたのを今ごろ思い出した。一段と恐怖が増してきた。そんな隊長をよそに相棒はサンダル姿である。この男に恐怖はあるのか?大樹の写真を記録に収め、早々に車へと引き返した。再び先を急いだがえんえんとジャングルは続いていた。いずれツアーパンフでみた原生林の下をMTBで散策する女子大生?の光景に出会えると思っていたが、すぐにそれが甘かったことを後悔させられた。すでに1時間近く山の中をさまよっていたが、1台の車ともすれ違わず(といってもすれ違う場所がない)、人っ子一人見かけないのである。途中でぼろぼろの八王子ナンバーのジムニーが林道わきに止まっていたが、周りに人影はなくかえって恐怖を増してくれた。ほんとに出口はあるのだろうか?途中で道が途絶えていたりしたら、今来た道をえんえんとバックで戻らなければならない。こんなに恐怖を感じたのはいついらいだろうか?現代社会を逸脱した空間にこんなに恐怖を感じるとは予想外であった。普段は人ごみが大嫌いで、のどかで静かな所に行きたいといつも思っていたが、静かなのも度が過ぎると怖いのである。とにかく早く山を降りるべく先を急ぎたかったが、崩れかけた道路が急ぐ我々の行く手を阻んだ。2時間ぐらい林道をさまよったであろうか、下りにさしかかったところで急に視界が開け、ついに行く手が舗装道路へとなった。道幅も車1台充分な広さとなった。どうやら無事に生還したようである。頭の中では水曜スペシャル 探検隊のエンディングテーマが響き渡っていた。エンディングの画像には疲れ果てながらも次の冒険に目を輝かせた隊長のアップとともに「俺の旅は奄美に始まり・奄美に終わる」の名言を残しエンドロールが流れ始める。映像:サラリーマン探検隊 協賛:奄美の大自然 演出:隊長・・・ 演出? ほっとして我に帰るとやっと金作原の景色に目が向き始めた。恐怖のあまり気づかなかったが、林道脇には恐ろしく巨大なシダ類が群生していた。ジュラ紀には巨大な恐竜たちがこの景色の中に溶け込んでいたのであろう。映画の世界が現実のものとなり改めて奄美の自然の偉大さに感動を覚えたのであった。やっと景色を楽しみながら山を下って行くと、相棒が「あれっ?」とつぶやいた。何かを発見したらしい。車をバックして少し戻り、外へ出ると不思議な光景を見かけた。道路脇からがけ下に向かい植物がまったく生えていない部分があった。何故なのか?よく見ると崖のしたに沢があり、1台のブルトーザーが沢の浅瀬に停車していた。何が起こったのかは後をたどると一目瞭然であった。道路右側のがけ崩れの補修をしているときに、左下の崖へと落下したのである。草木の茂り方からそんなに古くはない様であった。運転手は無事だったのか?一つ間違えば我々も同じ運命ではなかったか?あらためて恐怖を感じた。車に戻った我々は再び気を引き締めなおし安全運転で前進した。間もなく山を下りきり国道へと脱出することが出来た。結局金作原では、MTBの女子大生どころか、人間にも・くろうさぎにも・ルリカケスにもであうことはなかった。探検隊はここでひとつの教訓を得た。ガイドブックにツアーガイド同行と書いてあったら必ず守る!大きな収穫を得た我々はさらに気を引き締めなおし、午後のカヌーに向けて国道を南下したのであった。

1日目PM16:00~24:00までの出来事

奄美北部の探索を終え、探検隊は宿泊予定地である名瀬市へと向かっていた。市街に近ずくにつれ、退勤のラッシュなのか渋滞が始まっていた。宿の地図を見ながら市街地へと入ったが、いかんせんNAVIがないと細部までは近ずけない。名瀬新港の入り口でいったん車を止め、相棒が持参したモバイルを駆使して宿を探すこととした。VAIOがうなりを上げ地図を表示したが、いかんせんバッテリーが弱い。あせりながらPCを操る姿は、まるで24のCTUが重大事件を捜査しているようである。ITを駆使した現代的な探検隊である。ただし探しているのは今晩の宿だが・・・だいたいのあたりがついたが、まだ手前にいるようである。国道沿いに車を少し進めると、予約した海風荘が見えてきた。とりあえず路地に車を止め、宿へ駐車場の確認に走った。宿といってもたこ焼きやさんの2Fの部屋を貸し出しているらしい。たこ焼きやさんのご主人に予約済みであることを告げると、奥からおばさんが出てきて駐車場まで案内してくれた。車を置いて部屋に入ると、おばさんが再び登場し、宿の説明を一通り受けた。一泊素泊まり一人2500円。LAN完備。共同風呂・トイレあり。共同の炊事場にある食器類は自由使用可。なんといってもうれしかったのが、炊事場にある食パンとコーヒー(ネスカフェ)は飲み放題食べ放題との事。すなわち素泊まりとはいえ、一泊朝食つきなのである。六畳の部屋にふかふか布団で2日で5千円では、やっぱりお得である。ロケーションや不必要なアメニティーなど一切ないが、シンプルでおっさん旅行には充分である。おばちゃんに感謝しつつ、LANを接続しベースキャンプ化したのであった。とりあえず風呂に入りたかったが、宿風呂は狭いので銭湯をリサーチした。どうやら名瀬市には2件の銭湯があるらしいが、我々は歓楽街に近い方の風呂を選択し、早速向かうこととした。ゆっくりと銭湯につかり体を充分温めて、その足で居酒屋に向かい宴を始める作戦である。時刻は18:00をまわっていた。宿から歓楽街までは約1キロほど離れていたが、これから始まる夜の冒険に胸をときめかせ、あっという間に銭湯に到着した。銭湯は地元の方オンリーと言った感じで、孫を連れたじいさんや仕事を終えた労働者の方など、男湯には4.5人のひとが入浴していた。銭湯というと富士山の風景画とケロリンの洗面器を想像していたが、奄美の銭湯にはそれがなかった。ただめっきのはげかけた蛇口や、ロッカーの上に並ぶ常連さんの風呂おけなどはやはり銭湯というノスタルジックな雰囲気をかもし出していた。旅の疲れを洗い流し、足のむくみを泡風呂で癒し・超音波風呂の電気ビリビリですっかりリフレッシュして脱衣所へと向かった。隊長と相棒が着替えていると、いかにも地元ローカル南国風の男がおなじく湯船から上がってきた。特に気にすることもなく着替えを行っていたが、南国男が迷彩柄のTシャツを取り出した瞬間にあたりの雰囲気が一変した。くさいのである。すごくくさいのである。自分も相棒も、自分ではないかと確認したがやはり南国男の迷彩Tシャツがにおいのもとである。都会なら異臭騒ぎでレスキュー出動である。とにかく最低数に呼吸を我慢し、目もしみないように細めにあけて男が去るのをひたすら待った。意識が薄くなりかけたころ、着替えを終えた男が脱衣所を立ち去った。残された我々は顔を見合わせた。私の口から出た言葉は立った一言「くさやだ!」。気を緩めてのんびりリフレッシュをかましていた我々にとっては強烈な一撃であった。恐るべき奄美・おそるべきくさや!どんなときでも気を緩めるな!藤岡弘の言葉が脳裏をよぎった。とにかく早急にアルコール消毒が必要である。銭湯を足早に立ち去り居酒屋へと向かった。郷土料理と地酒のうまい店を探しに歓楽街をさまよったが、いまいちイメージに合う店が見つからずしばらく右往左往していたが、店の前にお勧めが書かれたボードを掲げた「鶴の子」という店に引き込まれていった。店は2Fにありテーブル席と座敷の席がいくつか仕切られていた。広めの店であったが、やはり平日ということもあって2・3組しか入っていなかった。注文をとりに来たのはバイトらしき若い兄ちゃんで、やはり地元独特の風貌を備えていた。どうやらそろそろ地元の方とビジターの見分けがつくようになってきた。まずはビールとポテトフライ・から揚げなどのどこでも居酒屋メニューを注文し、腹ごしらえをすることにした。本来であれば郷土料理を食したいところであったが、あまりに空腹だとすべてが美味しくなってしまうのである程度は満たしておく必要があった。初日の成功をビールで乾杯し、いよいよ夜の探検がスタートとなった。奄美の地酒といえば何といっても黒糖焼酎である。とはいえ銘柄などはさっぱり解らないので、さっきの兄ちゃんにお勧めを選んでいただいた。オーソドックスなれんとを筆頭に里の曙・長雲・弥生・加那・・・etc とどまるところを知らなくなってきた。食べ物も、油ぞうめんの絶品に惚れ惚れし、トロピカルな魚の刺身に舌鼓を打ちすっかりのめりこんでいった。気がつくとズボンのベルトは機能せず、ボタンも止まらない状況となっていた。深夜0:00近くまでのみっぱなし・食いっぱなしを続け、すっかりだめ人間と化していた。体力の限界と胃袋の限界を感じた我々は、そろそろおあいそすることとした。2人でほぼ1万円であった。あきらかに食いすぎ・飲みすぎであった。本来であればさらに奥深くまで進まなければいけないのであったが、明日の本格的な探検に向けて今晩は引き上げることとした。さっそうと歩いてきた道をふらふらになりながら宿へと戻っていった。いよいよ明日は本格的な探索が控えている。どんなによれよれでもAM7:00起床は譲れない。とはいえどうでもいいや状態で床についた1日目なのであった。

1日目PM15:00~16:00までの出来事

ゆっくりのんびり安全運転で一度通った道を北上し、空港を過ぎるとまもなく名勝「あやまる岬」へと到着した。岬のすぐ上には国民宿舎があり、その手前にある駐車場に車を止めた。天気は好転し雲の切れ間から日差しが見え始めていた。やっと奄美が我々を受け入れてくれたのか?岬の先端に立つと息を呑むような美しい景色が眼下に広がっていた。まさに青い海である。浜辺まで降りる歩道があったので、そのまま歩を進めた。浜に降りたつと、珊瑚が砕けた白砂と深い青の海がいっそう輝きを増した。風は強いがかえってそれが心地よかった。岩場の反対側には広い砂浜が広がっていた。さすがにシーズンオフの平日とあって誰もいない。おっさん二人締めであった。さっきまでの豪雨がうそのように空は晴れ渡り絶好の昼寝日和となった。浜辺にある大きな岩の上に横になった。まさに至福の贅沢である。みんなが仕事に打ち込んでいるというのに、南の島の浜辺で昼寝である。ゆめなら覚めずにいてほしいと思いつつも、目をあけるとやはり絶景が飛び込んで来た。ここのところ毎晩のように見ていた、たかーい崖からえんえんに落ち続ける夢とは大違いであった。早くもすっかり癒されてしまったが、探検隊はあくなき冒険を続ける使命がある。とりあえず車に引き返し、北部でもっとも美しいといわれる「笠利」の海岸を目指した。軽自動車は快調に安全スピードで海岸線を北上した。ラジオがほとんど入らないようなので、CDをBGMにした。青い空に白い雲・美しい海岸線にU2のBGMがマッチして、まさにドライブの真髄を味わっていた。ただしおっさん二人なのが悲しかった。しばらくすると道路脇の熱帯植物の間から、さっきまでの青い海とは違うエメラルドグリーンの海が見え隠れしてきた。道路わきに車を止めて、草むらの間から浜辺に出ると、まさしくそこにはエメラルドグリーンの海が広がっていた。バスクリンを大量に入れた風呂のようである。グアムやハワイでもこんな色の海を見たことがなかったが、まさか国内の奄美で見れるとは思わなかった。頭から飛び込みたかったが、さすがに2月の海に素っ裸では危険であろう。罰ゲームであれば、上島・出川の見せ場になろうか?恋人同士であれば水際をいちゃつきながら走るのであろうが、おっさん二人では足がつって倒れたところに大波が来て沖にさらわれてサメにつつかれて一巻の終わりがみえている。まさしく「ぼくドザエモン!」である。おとなしく砂浜に打ち上げられた漂流物探索を実行することにした。遠くから流されてきたのか、ガラスのビンのかけらが角がとれて宝石の原石のように転がっていた。ビンや缶のラベルにはハングルのような文字と無気味に笑う子供の顔が描かれたラベルが張ってあった。韓国か朝鮮から流されてきたのか?中身が何であったか不明だが、会社のシンボルラベルにしてはちょっと薄気味悪いデザインであった。のんびりと午後のひと時を浜辺で過ごし早くも奄美の魅力に取り付かれたようであった。16:00をまわり、そろそろ夜の探検が気になりだしたため健全な浜辺散策を終了し、宿泊予定地である奄美一の歓楽街「名瀬市」へと向かったのであった。

1日目PM12:00~15:00までの出来事

軽自動車は降りしきる雨の中を、一路「鶏飯 ひさくら」に向けて南下を始めた。この店はすでにリサーチすみであった。走り出して気づいたのだが、前の車が異常に遅い。制限速度50kmのところを40kmで安全運転なのである。ナンバーを見ると地元ナンバーであり、郷に入っては郷に従えの精神でここはおとなしく後をついていく事とした。のろのろゆったりスピードのまま30分くらい走ると右手に目的の店が見えてきた。店の裏手の駐車場には数台の車が停車していた。空きを見つけて車を入れ店へと入った。ネットでも大々的に取り上げられている店ではあったが、シーズンオフの平日どしゃ降り日とあって満席ではなかった。早速メニューを見ると、鶏飯+αのお得なセットメニューがあるようだ。相棒は鶏飯+焼き鳥セット、隊長は鶏飯+鶏刺しセットを選んだ。とりあえず乾杯ということで、一口ビール?なるものもついでに注文した。すぐに一口ビールが登場した。お冷の入ってくる小さなコップにビールが入っていた。ビールが出るとサラリーマン的には「とりあえず乾杯」なのである。これから始まる冒険の安全と成功を祈念して乾杯なのである。一気に一口ビールを飲み干してプハーッ!を味わった。たった一口だが、早起きと空腹の五臓六腑にしみわるには充分な量であった。ほどなくして鶏飯セットが登場した。正確に言うと鶏飯セット+おばちゃん説明つきである。鶏肉、卵やごまなどの具材をご飯の上に適量のせて、だし汁をかけてお茶漬けのようにすするらしい。とりあえず一杯目を食してみたが、意外なことにあっさりしていて美味しかった。おひつには二人分のご飯が入っていたが、どう見てもそれ以上の量に見えた。ズルズルとたいらげ、気がつくと茶碗に4杯は食らっていた。具材もご飯ももったいないので残さずたいらげた。初日の一食目にして既にズボンのベルトを緩めることになってしまった。ベルトは緩めても気を緩めることは許されず、レンタカー事務所でGetした「奄美大島探検地図」なるものを広げて次の行動の計画に入った。本来ならアウトドア満喫のはずであったが、あいにくのどしゃ降りである。とりあえずインドアでの面白そうなところを探してみた。が、やはりインドアでは場所が限られてしまい探検隊の目指すものが見当たらない。唯一「ハブと愛まショー」なる施設が目を引いたが、食後に蛇はちょっといやなので、奄美の文化に触れるべく「奄美パーク」へと向かうこととした。「奄美パーク」へは空港からきた道を戻ることになる。早々に店を出て「奄美パーク」へと向かった。途中で道路わきに「ハブと愛まショー」の看板を見つけた。プレハブ小屋の前にまるでキャバの看板のように怪しいネオンが踊っていた。後ろ髪を惹かれる思いであったが、奄美パークへと急いだ。奄美パークはいかにも観光客が必ず訪れる場所のごとく大きな駐車場が整備され、たくさんの観光バスが止まっていた。300円を払って館内に入り歴史資料を見て回った。模型や人形の展示物が不気味にリアルでちょっと寒気がした。昔の民家が再現されている場所があり、中にはたくさんの人形が歌や踊りを披露していた。窓から中を覗けるようになっていた。おそるおそる中を覗くと、ちょうど正面に半ズボンにランニング姿で座っている子供がいたが、顔が恐ろしくおっさんでものすごい違和感があった。気持ちの悪さに一瞬目をそらしたが、よくよく見ると自分の顔であった。どうやら窓から中を覗くと、覗いた向かいの人形の顔のところに自分の顔が映る仕組みになっているらしく、観光客が不気味な人形の宴に参加できるのである。こんなところでビクついている自分が恥ずかしかったが、周りに人がいなかったのでちょっと安心した。特に相棒に情けない隊長の姿を見られては、今後の冒険にさしつかえる。展示物を過ぎると奄美の自然を映像で見られるシアターがあった。美しい自然の映像とともに、波の音や風の音、鳥の声などを聞くことが出来た。不要な演出もなく、美しい映像で奄美の大自然を見ることが出来た。旅立つ前に「浜田太氏」の奄美写真集を見たが、美しい景色をそのまま映像で見ることが出来た。ただあまりの静けさ・暗さに居心地のよさが加わり、1/3くらいは深い眠りへと入っていた。建物が大きいわりに展示物が・・・ちょっと物足りない気もしたが、入館料300円を考えれば満足せねばならないであろう。屋外には展望台もあり、空港近くの海の景色を一望できるようになっていた。天気さえ良ければ・・・とりあえず展望台へ登ってみたものの風が強くて、建物もろとも吹き飛ばされそうな勢いであった。ただきがつくと雨は止んで徐々に空が明るくなって来たような気がする。妻の怒りも冷めてきたのか?時間はPM14:30を回ったところであった。次の行き先に迷ったが、天気が好転することを信じて北部の海岸線をドライブすることにした。まずは名勝「あやまる岬」を目指したおっさん二人なのであった。

1日目AM9:00~12:00までの出来事

定刻通りAM9:05に羽田空港を発った。快晴の上空へと一気に上り、房総半島を経由して南下を始めた。上空からの眺めは、まるで写真でも見ているかのように山の緑と海と川の青さのコントラストがはっきりと分かれており、房総半島の稜線が北欧のフィヨルドを見ているようであった。といっても実物を見たことがあるわけでもなく、衛星放送でみた旅番組の記憶とラップしていた。そろそろ音楽でもと座席のポケットからヘッドホンを取り出そうとしたが、見当たらない!なぜならこの機種にはそのようなサービスが存在しないのであった。退屈しのぎに聞く落語チャンネルをちょっとした楽しみにしていたのだが、出発直後にその夢も破れてしまった。仕方がないので機内誌をぱらぱらとめくっていると、機内特別販売の広告が目に入ってきた。「エンジェルブルー特製バック」7500円!これを娘の土産にしたらどんなに喜ぶか!”一瞬雑念が脳裏をよぎったが、生死を賭けた冒険の前に隊長自ら「エンジェルブルー特製バック」を購入したのでは、隊の士気にかかわると思いを新たにし、気を引き締めなおしたのであった。到着前に7500円も出費するわけにはいかない!・・・読み残しの本を取り出したがあっという間に読破してしまい、生理現象にまかせて浅い眠りについた。ベルトサインの音で目がさめた。20分くらい寝たのであろうか、窓の外を見るとすっかり黒い雲に覆われていた。荒天のため気流が悪くゆれると言う機内アナウンス入った。窓には雨のしずくが流れていた。予想に反してゆれの大きさは気にならなかったが、相変わらず黒い厚い雲の中を飛行機は進んでいた。飲み物のサービスも終わり、飲み干したカップの片付けがすんだところで、まもなく着陸態勢に入るというアナウンスが入った。いよいよ上陸である。高鳴る気持ちを押さえることが出来ず震えるような感覚を覚えていたが、興奮からくる震えではなく明らかにトイレに行きたかったのである。厚い雲の中を下降していくとやっと視界が開けたが、目の前には荒れた海の光景が広がっていた。島はまだ見えない。青い空・広い海!なんて言うのをイメージしていたが、実際には、鉛色の空・荒れた海の現実が我々を待ち構えていた。しばらく海上を低空飛行で進んでいると、ついに島が見えてきた。強い雨のせいか霧がかかったようにぼんやりとしか見えないが、それがまた神秘的でいかにも探検隊の上陸を拒んでいるかのようであった。軽い衝撃とともに飛行機は奄美空港へと降りたった。激しい興奮と強い尿意ともに、ついに我々は前人未到?の奄美大島へと上陸したのである!!水曜スペシャルならここでコマーシャルなのである。飛行機を出てゲートまで向かう途中で、けたたましい雨音と激しい風を感じることが出来た。サトチンが言った。「嫁の怒りだよ!」 言われなくても自分の心の中でそう思っていた。やはり探検隊には試練が付き物であったが、怨念とあれば厄介である。背筋が凍る思いに再び震えた。空港には予約済みのレンタカーの担当が出迎えているはずであった。とりあえず空港出口まで行くとホワイトボードに我々の名前を記したいかにも南国風の若造が立っていた。予約していることを告げ、とりあえず彼を待たせてトイレへと走ったのである。用をたして冷静さを取り戻し再び出口まで戻って気づいたのだが、暑い!本当に暑い!熱気ムンムンである。真冬の関東を脱してきたのだが、同じ国内でここまで違うとは思わなかった。皮ジャン・コートの我々に対し、南国兄ちゃんはTシャツである。本来なら目の前の駐車場に止めてある、会社の車に乗るはずだがあまりの豪雨に出口まで車を回してもらった。どう見ても台風である。車に乗って空港の道路と駐車場を隔てた向かいにあるレンタカー事務所へと到着した。すでにびしょぬれであった。事務所には、九州男児ばってんオイドン西郷どんが二人暇そうにしていた。何でも昨日から台風のような熱帯低気圧の影響で、一気に気温が上がりムシムシ状態だという。2月の終わりだというのに、昨日はエアコンをつかったそうである。手続きを終えて軽自動車をレンタルし事務所を出た。事務所を出るときに相棒がビニル傘も2本無料でレンタルしてもらっていた。なかなかしたたかである。準備万端!いよいよ島内探索へと出発である。気を引き締めなおして、とりあえず郷土料理「鶏飯」を目指して南下を始めたのであった。