三日目 最終章
ローカル空港らしく、ロビーは閑散としていた。7時発の飛行機にはたっぷりと余裕があったので、とりあえずチェックインを済ませて登場口にある土産物屋に向かった。こじんまりとした土産物コーナーには数件の店が出店しているようであったが、店頭に並ぶ土産物は皆ほとんど一緒であった。今回のたびを内緒にして来た家族への後ろめたさもあり、家に持ち帰る土産はいつもより多めに購入した。自分のために黒糖焼酎を買いたかったが、荷物の重さは既に限界を超えているのと、探せば近所のリカーショップあたりでも手に入るかと思い今回は見送った。出発にはまだ時間があったので、レストランで一服することにした。夕飯を食べてもおかしくない時間ではあったが、二人とも遅い昼食でまだ腹に隙間が出来ていなかったため、飲み物だけを注文した。店の中のTVでは間もなく打ち上げられるH2ロケットについて、けたたましくリポーターがまくし立てていた。種子島といえばすぐ隣である。もしかしたらロケットの光跡でもみえるかな?などと思ったがこの曇天では見えるはずが無い。ほとんど無言で二人はボーっと滑走路を見つめていた。登場の案内が始まる前に出発ロビーへと向かった。ロビーにはいかにも1機分と思えるくらいの人が出発を待ち受けていた。その中の数人は見覚えがある。確か往路の飛行機で一緒だった人たちだ。みんな同じようにこの島を満喫したのであろうか?間もなくすると、係員の甲高い声で搭乗案内が開始された。いよいよ島ともお別れである。たった三日間の滞在であったがたくさんの思い出ができた。そういえば、到着したときはどしゃ降りの雨だった。どうなるものやらと思っていたが、充分に目的と使命を果たせたのではないだろうか。思っていた通り自然が豊富で、近代社会から取り残されたようなまさしく東洋のガラパゴスであった。自然や動物だけでなく人間そのものが美しくやさしい島であった。家族には申し訳なかったが、今回の探険は大成功であったと一人満足感に浸っていた。やむなく飛行機は奄美空港をとびたった。卓袱の闇で島の様子をうかがい知ることは出来なかったが、無事に旅を出来たこと・たくさんの思い出を残してくれたことに感謝していた。飛行機はほとんどゆれることも無く羽田を目指していた。その間ずーと窓の外をぼんやりと眺めていた。飛行機は太平洋の沿岸に沿って飛んでいるようで所々都市がちかずくとネオンが瞬いて見えた。搭乗前に飲んだビールが効いているのかずっとぼんやりしていた。機長のアナウンスで到着時間が20:45分と知らされた。もしかすると羽田発の最終高速バスに乗れる・・・突然現実に引き戻された。そーいえば往路で2時間かかっていたので、羽田発の最終高速バスには絶対間に合わないとあきらめていたが、20:45分着なら可能性がでてきた。急に眠気がとんで機長を応援したい気持ちになった。きわどい時間であったが、追い風の影響や機長のひとがんばりでもしかしたら間に合うのではないかと真剣に思い始めていた。そうこうしているまに、窓の外に花火が上がったような煌びやかな光が入ってきた。東京に近づいたのである。奄美の卓袱の闇に比べると別世界であり、きれいというよりやはり異常にみえる。晴れた夜空から東京を見ることは初めてだったが、恐ろしく明るい。自然の生態系どころか人間の感覚までもがおかしくなってしまうのではなかろうか?飛行機は東京湾上空を一気に下降し羽田へと到着した。予定通りである。有難う機長!シートベルトサインが消えるのももどかしく荷物の整理に取り掛かった。タラップが到着し前の乗客から機外へと歩を進めた。ジャンボであればなかなか進まない列だが、小型の飛行機の利点ですぐに降りることが出来た。まだ間に合う!相棒とまともに別れの挨拶もせずに一気にコインロッカーへと走り出した。行きに預けた着替えを取りに行くのである。へろへろになりながらコインロッカーに到着すると、財布の奥から暗証番号の紙切れを取り出し入力した。両手に持ちきれないほどの荷物を何とか抱えて高速バスチケット販売所にたどり着いた。行き先を告げると、案内のお姉さんがのんびりした口調で「まだ間に合いますよ!」といってくれた。ほっとして汗が吹き出てきた。よろけながら切符を手にしてバス停に行くと3人並んでいた。先に第二ターミナルを経由してここにくるのでどのくらい混雑しているのか予想が出来なかったが、すぐにその予想が無駄であることが解った。バスが到着したが誰も乗っていなかった。先に並んでいた3人は前のほうに席をとった。隊長は一番後ろへと歩を進めた。最後の重要任務が残っていたのである。元の出張スタイルに戻らなくてはならない。走り出したバスの中でゆっくりと着替えた。浦安ランプのあたりでちょうどTDLの終演の花火が上がっていた。あと1時間もすれば元の生活に戻ることとなる。首都高の車のライトがさびしげに見えた。到着時間を妻にメールした後、少し眠った。高速を降りるバスのゆれですぐに目覚めてしまった。眠りが深かったのかいまいちすっきりせず、奄美での出来事も夢であったかのようであった。見慣れた景色をバスは走り、妻の待つ停留場へと到着した。既に乗客は隊長と後一人しか乗っていなかったが、二人ともここで降りた。バス停の脇に止まっていた妻の車に乗り込むと、妻がつぶやいた。「おお寒い!」 三日前の朝に聞いたせりふと同じだった・・・
三日目 最終日の出来事
三日目の朝を迎えた。土曜日ということもあり宿の前の道路の騒音はそれほど気にならなかった。さすがに二晩続けて午前様、しかも飲みすぎ食いすぎ状態での三日目の朝はつらいかと思ったが、意外にもすっきりした朝だった。ただし相棒はすっかりだめ男のようである。ほとんど意識不明状態である。探険最終日のスケジュールはこれといってなかった。とりあえずこの地でのサーフィンのメッカである手広海岸がどんなものかと興味があったので、まずはそこを目指すことにした。そーいえば昨日磯っ子の女将さんが紹介してくれようとしたサーファーの娘がバイトしている店を教えてくれたので、波情報なども聞きつつとうりがけによって見ることとした。意識の戻らない相棒を助手席に乗せ隊長自らハンドルを握った。サーフショップはすぐ近くのダイエーの裏手にあると聞いていたが、これがなかなか見つからない。何度も同じところをぐるぐる旋回してやっと見つけた。店には男の人が一人いるだけでひっそりとしていた。とりあえず波情報などを聞いて見たが、あいにくの強風でどこもよくないという。しいて言えば手広海岸は風があってるようだと教えてもらった。サーフィンをする勇気はあまりなかったが、暇つぶしにもなるので手広海岸を目指すこととした。手広海岸までは30分位であろうか。名瀬から空港方向に走ることになる。既に何度か走った道なので手馴れたものである。意識不明の相棒をよそに快調に安全運転を続けた。15分くらい走ったであろうか?意識を戻した相棒が周りを見渡して「これ反対でねーの?」とつぶやいた。しまった!隊長としたことがまったく反対方向へと車を進めてしまったらしい。あわててUターンしてきた道を戻った。相棒は再び意識を失っている。何故に気がついたのであろうか?再び何故の市内に入り信号待ちで止まった。何気なく路肩を見ると、小さな店が並んでおり車が停止したのは畳屋さんの前であった。ちょうど店の中から畳が運び出されてくるところであったが、畳を運ぶ人を見て唖然とした。くさやだ!隊長であることも忘れて大声をあげてしまった。まさしくあの銭湯で出会ったくさや男であった。彼の正体はまったくの不明であったが、最終日の信号待ちの偶然で彼が何者か判明した。なんてドラマティックであろう。隊長の大声で意識を戻した相棒もこのドラマティックな出会いに感動していた。きっと重い畳を運搬したっぷりかいた汗と疲れを銭湯で癒していたのであろう!あばよくさや男!ほんとにもう二度と会うことは無いであろう。感動を胸に再び車は走り始めた。やっとのことで手広海岸に到着した。トイレのある小さな駐車場に3台の車が止まっていた。海を見ると波はほとんど無く、セットで腰くらいの波が10分に一回くらい入る程度である。みたところ3人のサーファーが入っているようだが、ほとんど波待ちである。そのうちの二人がすぐにあがってきた。カップルでロングにのっていたらしく、重そうに抱えながら砂浜を歩いてきた。コンディションを聞いて見ると、セットもほとんど入らず潮が引いていて危ないらしい。板のそこを何度もリーフにぶつけたと話していた。とても素人の隊長が入れる状態ではなさそうだ。すぐにもう一人も上がってきた。20代後半であろうか、地元民でないことは隊長にはすぐに解った。かれにもはなしかけるとやはり同じことを言ってリーフが出てきて危険だという。我々を観光客と知りいろいろ話し掛けてきた。彼が着替えているときに気づいたのだが、彼の車は水戸ナンバーであった。そのことを彼に問い掛けると、何でも仕事の都合で1年位前に越してきたという。我々も茨城から来たと告げると懐かしそうにいろいろと聞いてきた。話してるうちに解ったが、ずいぶんと近くにいたようで我々の会社のことも知っていたし、サーフィンのホームグランドも一緒であった。こんなところに越してこられるなんてうらやましいね!と彼に話すと、「三日もいれば飽きますよ!」っとどこかで聞いたような回答が返ってきた。海には誰もいなくなった。手広海岸はサーフポイントの反対側に岩場があり、その景色もとてもきれいだった。散歩がてら少し歩くと犬の散歩をしていたおばさんに出会った。「きれいな海岸ですね」話し掛けると、「南のほうにはもっときれいな海岸がたくさんあるよ!」と教えてくれた。今年は年明けから天候不順で寒い日が多いけど、本来なら2月後半でも暑い日は海で泳げるそうだ。おばさんとしばらく話し込んでいたが、その間犬には吠えられっぱなしだった。車に戻ると相棒の意識が戻りかけていた。既に十二時近くになっていた。最後の食事をどこで取ろうか?そういえば黒豚を食べていなかった。事前にリサーチしたHPには黒豚の美味しい店が出ていた。どうにかそこそ突き止めようとモバイルを駆使したが結局見つからず車で探すこととした。覚えていたのは笠利町にあったということだけである。笠利町は島の北側で空港よりもさらに北に位置する。車で北部周辺を散策したがそれらしい店を見つけることが出来なかった。しばらく道なりに走っていると「黒豚」の文字が見えてきた。残念ながら目的のレストランではなく精肉店だった。ここで聞けば何かわかるかも?そう思い車を止めて店に入った。店にはおばあさんが一人で留守番をしていた。「黒豚を食べられるお店をご存知ですか?」たずねてみると、「私の息子が店を出しているこらそこにいけばいい。でんわしてあげるよ!」といってくれた。聞き出した店はHPで見たのとは違う店であったが、とりあえず黒豚が食べられれば・・・ということでさっそく向かった。連絡を取っていただくまでも無く店の名前を聞くと何度も通った道沿いにあったのを思い出し迷うことなくすぐに到着した。残念ながらその日黒豚のメニューはなかった。仕方なく普通の豚カツ定食を頼んだがこれがすごくやわらかくて美味しかった。暴飲・暴食で膨らみきった腹にはもう隙間など存在しないと思っていたが、美味しいものは別腹である。米粒一粒も残さずにたいらげてしまった。最後の晩餐とはいかないが、最後のランチメニューであった。奄美でのすべての目的を果たした我々は、いよいよ帰路へとつくこととした。まずはレンタカーの返却である。空港前のGSでとてつもなく高いレギュラーを満タンにし、レンタカー事務所へと向かった。事務所には到着した日と同じく、ばってんおいどん西郷ドンが二人と南国兄ちゃんが暇そうにしていた。無事に車と傘を返却し空港まで送ってもらった。7時発の飛行機にはまだ早かったが5時過ぎには空港に到着した。 |
2日目 AM18:00から0:00までの出来事
二日目の探険を終えた我々は無事にベースキャンプ海風荘へと到着した。ベースキャンプで一息入れて夜の探検へとリサーチを開始した。昨夜の鶴の子は酒も肴も抜群だったので、今晩も期待大である。いろいろなHPでリサーチした結果、今晩は磯っ子という居酒屋に決定した。ここに決めた理由は、焼酎お試しコースであった。なんでも3種類の焼酎を自由に選択してお試し価格で頂く事が出来るらしい。奄美名産黒糖焼酎全銘柄征服への近道であると判断した。場所が決まれば膳は急げである。今日も銭湯の準備をしてでかかる事とした。そういえば昨日は銭湯でなぞのくさや男と遭遇した。鼻の奥を突き上げるような強烈な刺激臭が蘇ってきた。ただし今日は昨日よりも30分ぐらい早めの出発である。彼の招待は不明だが、地元ローカルであれば多分毎日同じ時間に出没するであろう。隊長の長年の感である。我々は急ぎ足で銭湯へと向かったのである。銭湯に到着し番台でお金を払い、入り口の扉を開けて愕然とした。湯気の向こうにくさやの姿が見えたのである。敵もさる者である。おもいっきり裏をかかれてしまった。疲れを癒すはずの風呂なのに、緊張感が張りつめた。払ってしまった以上しかたなく風呂につかることとした。カヌーのパドルを回し続けてパンパンに張った肩をほぐすべく、電気びりびり風呂にたっぷりとつかった。ゆったりのんびり鼻歌気分を味わいたいところだが、くさや男の動向が気になり落ち着かない。何とか彼に早く出でくれ!と念を送り続けた。ゆでだこ寸前で彼が湯気の向こうに去ってゆくのが見えた。あばよくささ男!二度と会うことはないだろう!こころのなかでつぶやいた。しばらくして我々も脱衣場へと向かったが、既に彼の姿はなくついでに残り香も無かった。颯爽と着替えて銭湯を出ると、にわか雨がふっていた。湯上りの火照った体には気持ち良いぐらいだが、まだ2月である。つくづく南国気分を味わえた気がした。居酒屋「磯っ子」までは道に迷うことも無く10分程度で到着した。店に入るとカウンターと座敷が5から6席の比較的こじんまりとしていた。雨にぬれた我々を見て、店の兄ちゃんが「雨ですか?」と声をかけてきた。まだ二十台半ばくらいであろうか、隊長の千里眼では彼は地元民でないことはすぐに判別できた。奥の座敷を選び、さっそく焼酎お試しセットをお願いした。もちろんチョイスは兄ちゃんにおまかせで、二人分×3種類=6種類の焼酎を注文した。昨日とはまた違った種類である。いったいこの島には何種類の黒糖焼酎が存在するのであろうか?果てしなく探険隊の野望は広がるばかりである。おつまみもきのうから続く地元名産シリーズを継続した。その中でも「つきあげ」の文字が気になり注文してみると、俗にいうさつま揚げをあぶったものが出てきた。この地方ではつきあげというらしい。おろしじょうゆで食べるのだが、これがものすごく美味しかった。その他自分には絶対に無理と思われる「ゴーヤサラダ」にも挑戦してみた。なんせ隊長である私が言うのも恥ずかしいのだが、大の野菜嫌いである。にんじん・ピーマン・たまねぎはまったくだめ男である。そんな男がゴーヤを食えるはずがないと思いながらも挑戦してみると、これが意外といけるのである。苦いのが美味く感じる。いったい自分の味覚はどうなっているのか?自分でもさっぱりわからない。とにかく昨日に引き続き信じられないくらい飲んで食ってしゃべって、腹がパンパンであった。焼酎もある程度のみつくし、泡盛にも手を染め今日もすっかりだめ男になってしまった。注文を取りに着たついでに兄ちゃんといろいろ話したが、やはり彼は地元民ではなく大阪から来たのだそうだ。何でも旅行でこの地を訪れ、そのときに見た大島紬に魅せられて移住を決心したという。一見軟弱そうに見えるが、芯の通ったまじめそうな青年である。風に流されるままのサラリーマン生活を送る我々とは大違いである。かれには明確な目標がある。ただ我々にもこのあとキャバを制覇するという目標があった。ここでだめ男になるわけには行かない。もっともっと奄美の奥深くまで踏み入らねば探険隊の使命が果たせないのである。気を引き締めなおしたが、ウェストはすでにしまらなくなっていた。お勘定を済ませて店を出ることとした。レジにはこの店の女将さんがいた。我々を観光客と知っていろいろと話し掛けてきた。明日の予定はと聞かれて、酔って気が大きくなったせいか「サーフィンでもしようかと思ってます」なんて答えていた。確かに奄美はサーフィンのメッカでもあり入って見たい気はするが、道具も無くそもそも4~5年はブランクがある。半分冗談だったが、女将さんは「前にこの店でバイトしてた娘がサーファーだから紹介してあげる!」なんて言い出してしまった。やばい展開にどきどきしたが女将さんが携帯で連絡を取ろうとするも番号が違っているようでその娘には繋がらなかった。申し訳なさそうに女将さんは謝ったが、謝りたいのはこちらであった。とりあえずお勘定を済ませて、兄ちゃんにお勧めの店を聞くと2軒の候補をあげて来た。一軒は地元の子が多くて安めの「パブQ」ただし質は・・・、もう一軒は島外の子が多く高めの「LADY」質はGood。苦渋の選択であったが、やはり奄美の人々とのコミュニケーションを大切にするという思いが強く「パブQ」を選択した。・・本当は\2000/40分という激安プライスにつられてしまった。店までは親切に兄ちゃんが連れて行ってくれた。雑居ビルのエレベータ前で「このエレベーターで4階で降りるとすぐですから」。本当に彼には助けていただいた。彼の指示通り4階で降りると目の前にパブQは有った。重厚な扉を開けるといかにもパブといった風景が目に映った。入り口にいたボーイ(地元民)に奥の席を紹介されると、すぐに一人の女の子がついた。焼酎にします・ウイスキーにします?少し語尾上がりの口調で彼女が聞いてきた。迷わず焼酎を選択したが、飲み放題ということもあり銘柄は期待できなかった。すぐにボーイ(地元民)が焼酎とアイスを持ってきたが、驚いたことに焼酎は奄美名産「れんと」であった。さすが奄美。とりあえず乾杯し彼女と話をした。年は23で、地元中学を卒業後東京のキャバで数年働き、都会がいやになって地元に戻ってきたのだという。なぜに若者は都会を目指すのか?自分がこの島で生まれたら絶対に生涯をここで過ごす!といったが、「観光客はみんなそういうよ!三日もいればたいくつであきるよ!」とあっさり返されてしまった。そーいえば島の人と話す機会が少なかったので聞きそびれていたが、この島の車は皆安全運転なの?と聞くと、「ほんと頭きちゃう!」と意外な返事が返ってきた。若い人たちには意外とストレスだったのだ。彼女は都会で過ごしたことを誇らしげに思っているらしく、「あたしぜんぜんなまってないから」としきりにいっていたが、なまってないからの語尾が上がるのがすごく気になった。「島のしょうゆはこゆいでしょう?」と聞いてきたが、こゆいはやっぱりなまりである。彼女のプライドをきづつけるのも怖いのであえて指摘はしなかった。途中から自称18歳という娘も加わり4人であっという間の80分を過ごしてしまった。これ以上いるときりが無い。隊長の的確な判断で店を出ることとした。後ろ髪を惹かれる思いで店を出た二人が向かったのはベースキャンプではなく、「LADY」であった。磯っ子を出るときに下した苦渋の決断はいったいなんであったのだろうか?結局2軒ともに寄ることとなってしまった。酔っているときは不思議なもので迷うことも無くすぐに目的の店に到着する。素面だと必ずまようのだが・・・店の中は幾分高級感が漂っていた。客層もパブQは仕事帰りの兄ちゃん中心だったが、LADYはどちらかというと一人できている金持ち風のおっさんが多かった。どう見ても観光客は我々だけだ。店のママらしき30半ばと思われるLADYが席についた。磯っ子の兄ちゃんがいってた通り地元民ではなく、大阪出身だという。スーツを着込んだりんとした姿はまさしくLADYであった。比較的上品な会話を60分楽しんだが、周りを見ると既に客の姿は見当たらず「そろそろラストですが?」というつれない言葉でしぶしぶと店を出ることとなった。すっかり日付も変わりさすがに店の外には人通りも無かったが、散々飲んで・食って・さわいだ後にしては何故かすがすがしい気持ちでベースキャンプへと向かっていた。多分2晩で飲んだ量と食った量は普段の生活の何倍にも値するであろう。こんな贅沢を体験したのははじめてかもしれない。やっと目的を果たしたような満足感と満腹感がきっとこのすがすがしさを生み出しているのであろう。本当に満喫した二日間であった。最終日を前にすっかり満足感で一杯であった。パブQのお姉さんが言っていた「三日であきるよ!」の言葉の意味がなんとなくわかったような気がした。
2日目 AM15:00から18:00までの出来事
2日目 AM11::00から15:00までの出来事
2日目 AM7:00~11:00までの出来事
1日目PM16:00~24:00までの出来事
1日目PM15:00~16:00までの出来事
1日目PM12:00~15:00までの出来事
1日目AM9:00~12:00までの出来事
定刻通りAM9:05に羽田空港を発った。快晴の上空へと一気に上り、房総半島を経由して南下を始めた。上空からの眺めは、まるで写真でも見ているかのように山の緑と海と川の青さのコントラストがはっきりと分かれており、房総半島の稜線が北欧のフィヨルドを見ているようであった。といっても実物を見たことがあるわけでもなく、衛星放送でみた旅番組の記憶とラップしていた。そろそろ音楽でもと座席のポケットからヘッドホンを取り出そうとしたが、見当たらない!なぜならこの機種にはそのようなサービスが存在しないのであった。退屈しのぎに聞く落語チャンネルをちょっとした楽しみにしていたのだが、出発直後にその夢も破れてしまった。仕方がないので機内誌をぱらぱらとめくっていると、機内特別販売の広告が目に入ってきた。「エンジェルブルー特製バック」7500円!これを娘の土産にしたらどんなに喜ぶか!”一瞬雑念が脳裏をよぎったが、生死を賭けた冒険の前に隊長自ら「エンジェルブルー特製バック」を購入したのでは、隊の士気にかかわると思いを新たにし、気を引き締めなおしたのであった。到着前に7500円も出費するわけにはいかない!・・・読み残しの本を取り出したがあっという間に読破してしまい、生理現象にまかせて浅い眠りについた。ベルトサインの音で目がさめた。20分くらい寝たのであろうか、窓の外を見るとすっかり黒い雲に覆われていた。荒天のため気流が悪くゆれると言う機内アナウンス入った。窓には雨のしずくが流れていた。予想に反してゆれの大きさは気にならなかったが、相変わらず黒い厚い雲の中を飛行機は進んでいた。飲み物のサービスも終わり、飲み干したカップの片付けがすんだところで、まもなく着陸態勢に入るというアナウンスが入った。いよいよ上陸である。高鳴る気持ちを押さえることが出来ず震えるような感覚を覚えていたが、興奮からくる震えではなく明らかにトイレに行きたかったのである。厚い雲の中を下降していくとやっと視界が開けたが、目の前には荒れた海の光景が広がっていた。島はまだ見えない。青い空・広い海!なんて言うのをイメージしていたが、実際には、鉛色の空・荒れた海の現実が我々を待ち構えていた。しばらく海上を低空飛行で進んでいると、ついに島が見えてきた。強い雨のせいか霧がかかったようにぼんやりとしか見えないが、それがまた神秘的でいかにも探検隊の上陸を拒んでいるかのようであった。軽い衝撃とともに飛行機は奄美空港へと降りたった。激しい興奮と強い尿意ともに、ついに我々は前人未到?の奄美大島へと上陸したのである!!水曜スペシャルならここでコマーシャルなのである。飛行機を出てゲートまで向かう途中で、けたたましい雨音と激しい風を感じることが出来た。サトチンが言った。「嫁の怒りだよ!」 言われなくても自分の心の中でそう思っていた。やはり探検隊には試練が付き物であったが、怨念とあれば厄介である。背筋が凍る思いに再び震えた。空港には予約済みのレンタカーの担当が出迎えているはずであった。とりあえず空港出口まで行くとホワイトボードに我々の名前を記したいかにも南国風の若造が立っていた。予約していることを告げ、とりあえず彼を待たせてトイレへと走ったのである。用をたして冷静さを取り戻し再び出口まで戻って気づいたのだが、暑い!本当に暑い!熱気ムンムンである。真冬の関東を脱してきたのだが、同じ国内でここまで違うとは思わなかった。皮ジャン・コートの我々に対し、南国兄ちゃんはTシャツである。本来なら目の前の駐車場に止めてある、会社の車に乗るはずだがあまりの豪雨に出口まで車を回してもらった。どう見ても台風である。車に乗って空港の道路と駐車場を隔てた向かいにあるレンタカー事務所へと到着した。すでにびしょぬれであった。事務所には、九州男児ばってんオイドン西郷どんが二人暇そうにしていた。何でも昨日から台風のような熱帯低気圧の影響で、一気に気温が上がりムシムシ状態だという。2月の終わりだというのに、昨日はエアコンをつかったそうである。手続きを終えて軽自動車をレンタルし事務所を出た。事務所を出るときに相棒がビニル傘も2本無料でレンタルしてもらっていた。なかなかしたたかである。準備万端!いよいよ島内探索へと出発である。気を引き締めなおして、とりあえず郷土料理「鶏飯」を目指して南下を始めたのであった。
