ありきたりなタイトルだとは思うけど、まず自分が書きたい記事のテーマを考えた時、コレなんだろうなって思った。
これまでの人生で考えれば、出会い(ちゃんとした)からまだ1年半ほどしか経ってないけれど、誰かひとりについてここまでたくさん深く考え、幸せを感じ、傷つき、心が揺さぶられたことはおそらくない。
これから、彼女の魅力にをつらつらあげようとしたけど、とどのつまりそういうことで、自分の人生や価値観、根幹のようなものを揺さぶられていること、それ自体にどうしようもなく惹かれているよう。
まあそれは全体にあるとして、やっぱりあの子のどこが素晴らしいのか改めてまとめることはきっと無駄にならない。
まとまるかはわからないけど書いとこう。
本当は一番に書くべきではないし、本人も不本意だろうし、大事なポイントはもっと別にあるのだけれど、最初に書かなければそれは事実と相違がうまれてしまうから、あえて書くとするなば、まちがいなく彼女の見た目は魅力的である。
なんといっても一目惚れだったのだから言い訳のしようがない。
目は大きい、鼻は小さい、唇は魅力的だし、歯並びは決してよくないけど愛らしい。全体的に小柄で色白。
もう、どうしようもなく素敵だし、彼女を見た男は基本放っておかない。
それはどうすることもできないけどもやもやするし、キツい時がある。
最後のは蛇足だけど、それくらい素敵な第一印象ってこと。ちゃんと覚えておこう。
見た目はこんなところにして、彼女の内面もある程度は理解しているつもり。
全体なのか一部なのかは判断できないけれど、そこに彼女らしさをぼくはとても好きだ。
たとえば言葉の選び方。
会うは「逢う」を使うし、寝るはほぼ「眠る」という表現しか使わない。
仕事が暇な時は「落ち着いている」というし、いらない時は「間に合っている」という。
たまにどころではなく、よく使い方が間違っていることがあるのだけれど、正しいとかはどうでもよく、どこかこだわりを持って言葉遣いを選んでいるところは彼女の美徳だ。
あとは育ちの良さ。
いや、実際育ちがいいとは言えないのだろう。
自分もそうだし、世の中どれだけの人が育ちがいいのか定義も曖昧ではあるが、それでもきっと彼女の育ってきた環境はそう言えてしまう。
ただ、ここで言いたいのは、当時の育ち云々ではなく、今の彼女がとても育ちが悪いようには見えないこと。
「きっと大事に育てられてきたお嬢様なんだろうな」と彼女をみて思う人が大半なのではなかろうか。
しかし、ここで僕が言いたいのは彼女がお嬢様に見えるかどうかでもなく、ましてや当時の育ってきた環境でもない。
彼女がそう見られるために、常に気を抜かず、努力をし、それでもどこか自分に不安を抱えている、そんな彼女が決して誰にも明かさず、必死にもがいているところが、愛おしくてたまらない。
いつかまだ別の記事に書くかもしれないけど、一時期よく見ていた有名人の方で、「自然な笑いよりも、作り笑いの方が実は何倍も価値がある」という考え方が印象的だった。
彼女はまさにそれを地でいく人だと思う。
一方で、いつか耐えきれずに潰れてしまうのではないか、そんな不安を僕は拭うことができない。
なぜだかこっちが泣きそうになる。
一つのトピックスを長く書きすぎた。
他にもキリがないくらい彼女の内面を挙げることはできるのだけど、一旦あともう一つだけ、彼女の魅力に触れておこう。
それは不安定さだ。
一見ポジティブに見えるかと思えばネガティブな影が潜んでいて、元気いっぱいで快活な時があれば誰とも口を聞けないくらい疲弊してしまっている時もある。
天真爛漫な笑顔を振りまく時があれば、ため息と舌打ちとイライラが止まらない時もある。
人は誰しも多面性を持っているが、彼女はそれが圧倒的に顕著である。
多分これを本人が見た時にはきっと落ち込んでしまうのだけれども、これは弱点ではなくただの特徴に過ぎないんだってことを主張したい。
結局ある事実に対して、人が何を感じ解釈するのかは、その本人次第でしかない。
彼女の不安定さは、「人から嫌われることが彼女にとっての一番の恐怖である」ことを示唆していると、僕は解釈している。
つまり、自分の弱い気持ちを認識し、隠し、とり繕い、もがきながら生きているその姿にどうしようもなく惹かれてしまうのだ。
できることならば、これからずっとあの子のそばで、一番に支えられる存在であることを切に願う