今田委員の問題点一例 
 
 1、長期間居座る
今田氏は2003年から14年の長い期間、教育委員をしている。そのうち委員長職は  9年の長期になる。この先再任されたら18年になる。このような長期は他にない。
  ①特定の人が長期に委員としていると必然的に独善的な運営になりやすい、現にそうなっている。
  ②新任の委員はほとんど4年で交代。新任は発言しにくくなり活発な論議ができない。

 2、今田氏は平成17年(2005)の教科書採択で、突然、扶桑社を支持し、自虐史観の   教科書は反対と「つくる会」の方針を持ち込み、以来、「つくる会」系教科書を横浜に導入する先頭に立った。

3、今田委員長時代、今の横浜の異常な教科書採択のすべてが完成してしまった。
  ①「学校票」廃止の代替として学校・教員の意見を採択に反映するために設けられ  た各区校長会の意見(当時は区ごと採択)が2003年に今田氏が教育委員に就任し、翌々年の2005年に廃止され、現在は学校・教員の意見は全く採択に反映されていない。
②2009年答申無視して自由社を採択。自由社の記述に誤りが発覚し、再三抗議し訂
正を求めたが、訂正をしなかった。(県教委は同問題で文科省に是正を求めた)
③今田氏は、採択地区を18地区から1採択地区への変更を2005年から発言して
いて2009年に1地区化にした。それによって各区の生徒の実態に合った教科書が選べなくなり、生徒を第一に考える「スシューデントファースト」の方針とは真逆の動きとなって、国定教科書への道が危惧される。
④採択に無記名投票を実施し、委員がどの教科書を選んだか責任があきらかになら
なくなった。
  ⑤2012年の高校の教科書採択において、高校からの希望を不適切だということで、市教委の事務局が勝手に書き換え、別の教科書にさせた。
  ⑥副読本「わかるヨコハマ」改定問題、「竹島の読み聞かせ授業」問題など、「教育への不当な政治介入を許した。

4、今田氏は教育委員としての資質に疑問がある。
  ①傍聴席に子どもが参加していたところ、「うるさい、審議のさまたげになる」と退出させた。
  ②事情があって毛糸の帽子をかぶっていた女性に脱帽を命じ、突然叱責した。
  ③「わかるヨコハマ」の問題の論議中いきなり、「イデオロギー闘争のような感じになってしまって非常に残念です。」と発言。2005年の歴史公民の教科書採択の場面でも「・・歴史公民は関心が強く、イデオロギー闘争のような感もありますが、・・・」と発言している。採択論議でイデオロギー闘争などと表現するのは、今田氏自身の持論を言ったまでで、委員としての公平さ公正さに欠ける。

  ④いじめについての発言があまりに教育的識見に欠ける。
「いじめはいけないということを早い時期に脳細胞というか、遺伝子のスイッチがオンになっていないと、なかなか大きくなってから言ってもそういうものはいけないという理解がしにくくなるということが脳のいろいろな研究の中で出ているようです。(会議録原文のまま)」平成27年12月18日議事録









「家庭教育の中で小さい時から、ある意味では脳細胞の発達の段階に応じてしっかりやらないといけない部分があります。」平成28年6月20日 この発言はいじめを遺伝子や脳細胞から考えるという全く教育的観点のない陳腐な意見。欠格者としか言いようがない。
しかも、この6月20日の議題は、今回の福島のいじめ問題の対処と思われる「重大事態への対処について」という議題の中での発言。
いじめを語る資格もないし、任せることはできない。







いじめの耐性も必要と発言










5、福島からの転校生のいじめ問題の当初の最高責任者は今田教育委員長(当時)。その後も影響力の大きい教育委員としての責任が問われる。 
今田氏が2003年に教育委員に就任し、2006年4月~2015年4月委員長。その後引き続き一教育委員となって残る。
現在は教育長職務代理委員(2015年4月 法改正で教育委員長は廃止され、新教育長がその職務をおおむね兼ねるようになった。)
福島からの転入生のいじめの経緯
①保護者から「いじめの訴え」           2014年5月28日
②保護者から「重大事態の調査申し入れ」 2015年12月16日
③重大事態の発生について、市長への報告 2016年1月5日
④いじめ問題専門委員会第1回会議    2016年1月19日
⑤いじめ問題専門委員会から調査報告書の答申 2016年11月2日
⑥当該児童及び保護者への調査結果    2016年11月8日

 6、その他多数