初出:2020年3月24日
お引越し:2022年8月5日

 

Happy Ending 全曲解説 その1 Niagara Dreaming

 

 

初めて聞いたはずなのになんだか知っているような気がする…という方も多い1曲目の「Niagara Dreaming」。

 

実は、「恋するカレン」のサビの部分の分厚いコーラスのパートを抜き出して、1番と2番をリレーしたものです。

 

「A LONG VACATION」40周年記念盤のボーナス・トラック用に大滝さんがキープしておいたのではないかと思うのですが、なぜか今回、アルバム「Happy Ending」の1曲目に抜擢されました。

 

 

もしかしたら、この「Niagara Dreaming」を超える“お宝サービス・トラック”がたくさん存在していて、「A LONG VACATION 」40周年記念盤でお披露目される前振りなのかもしれません。

 

「Niagara Dreaming」のコーラスのサウンドはクリアで聞きやすく、「恋するカレン」のカラオケとはパートごとのバランスや定位が変えてあります。

 

初めから市販用に堪え得るクオリティで、このコーラス部分の抜き出しミックスを行ったことがうかがえるのです。

 

時期でいえば、マルチ・トラックのテープの劣化が避けられない近年ではなく、10年、20年というスパンの過去に「抜き出しミックス」が完了していたと思われます。

 

過去の『サウンド&レコーディング・マガジン』誌上で、エンジニアの吉田保氏が「A LONG VACATION 」のサービス・トラックをミックスしたと語っており、その時の産物かもしれません。

 

 

「A LONG VACATION 」発売前にファンにお披露目された頃、初期バージョンの「恋するカレン」は女声コーラスのみがダビングされ、大滝詠一さん自身のコーラスはまだかぶせられていませんでした。

 

大滝さんのコーラスが後に重ねられたことで、サビの高揚感が格段に増したと思います。

 

どんなにレコーディング技術が進歩しても、カバー作品群が御本家の「恋するカレン」を超えられないのは、このサビの部分のコーラスに込められている大滝さんの『プラス・アルファのインスピレーション』に迫り切れていないからでしょう。

 

プラス・アルファのインスピレーションとはどういうことなのでしょうか。

 

大滝さんは、「恋するカレン」のサビの旋律で、サーチャーズのバージョンの「Where Have You Been (All My Life)」を下敷きにしています。

 

この曲の作曲者は、あのバリー・マンです。

 

The Searchers 「 Where Have You Been 」

 

 

「恋するカレン」のサビのバックでは、同じくバリー・マンが作曲した「ロックンロール・ララバイ」由来のシャナナ・コーラスが奏でられています。

 

B.J.Thomas 「 Rock and Roll Lullaby 」

 

 

さらに、ザ・ビーチ・ボーイズなどが歌っているスタンダード曲「ハッシャバイ(Hushabye)」からの一節が、大滝さんのファルセットで2小節ほどですがチラッと聞こえます。

同曲の歌詞では「ララバイ」と歌われています。

 

The Beach Boys 「 Hushabye 」

 

 

それに連なる大滝さんのファルセットは、フォー・シーズンズの「悲しきラグ・ドール」の終盤のファルセットのフレーズが染み込んでいるようです。

該当箇所は、2分30秒前後のあたりと、2分45秒前後のあたりです。

 

The Four Seasons 「 Rag Doll 」

 

バリー・マン作品同士の重ね合わせや、ララバイとハッシャバイのいわばバイバイつながり…。

 

物理的に断片をつないだというより、大滝さんの独特なひらめきで素材が融合されて一体化する…。

 

まさに、ドリーミングな“インスピレーション”のなせる業なのでしょう。

 

 

「恋するカレン」については、本宅『れんたろうの名曲納戸』

 

『詳説ロングバケイション #04 恋するカレン その1』

 

『詳説ロングバケイション #06 恋するカレン その2』

 

をご参照ください。

 

 

【2022年8月追記】

「ロング・バケイション」の40th記念ではお宝音源が聴けるのだろうか、という2020年当時の期待に対して、「A LONG VACATION VOX」には貴重なセッション音源が収録されました。

 

「Niagara Dreaming」を1番と2番にバラして、「恋するカレン」のセッション音源とミックスすると、おもしろいトラックになるのではないでしょうか。(どなたかお願い…)

 

2020年の「Niagara Dreaming」検証時は、ザ・ビーチ・ボーイズやフォー・シーズンズの要素をバラして解説しました。

 

しかし、そもそも、B・J・トーマスの「ロックンロール・ララバイ」をよくよく聴くと、そのサビのコーラスではザ・ビーチ・ボーイズやフォー・シーズンズらのフレーズを含めたコーラスが聞こえるのです。

「恋するカレン」のサビのコーラスの基本形は、「ロックンロール・ララバイ」で既に完成済みなのですね。

大滝さんはそれをまるまる参照しているわけです。

 

「ロックンロール・ララバイ」をヒントにして厚いコーラス・パートのフレーズを編み出し、「ビー・マイ・ベイビー」のバッキング・パターンの上に乗っけたのが「恋するカレン」のサビのバック・トラック…。
 

後から言葉でそう記すのは簡単ですが、インスピレーションが冴えまくっていた当時の大滝さんでしか成し得ない、“メロディ重ねのワザ”ですね。

 

大滝さんのこのような“メロディ殺法”は、コード進行が簡単な時こそ、そのワザが冴えるようです。


シンプルなコード展開の「恋するカレン」のサビでは、まるで聴くたびに違うフレーズが聞こえてくるかのようにコーラス・パートが紡がれています。

 

“メロディ殺法”といえば、「ROCK 'N' ROLL 退屈男」の歌詞に登場する「諸刃流」とは、双刃(もろは)の流れをくむ流派。

「諸羽流正眼崩し」というワザの名称だけは「旗本退屈男」の原作小説に登場するものの、どんな斬り方なのか具体的な記述は無かったようで…。

 

いわゆる殺陣の基本の“正眼の構え”を崩して、刀を顔の真正面に立てるという映画版でのアレンジは、市川歌右衛門がオリジナルで考えたものだそう。

 

正眼の構え

 

それを“青眼くずし”として青い眼の人が出てきて驚くのですから、「旗本退屈男」の原作者の方こそ、「ROCK 'N' ROLL 退屈男」には驚いていることでしょう。

 

「ROCK 'N' ROLL 退屈男」と「ロックンロール・ララバイ」に関わりがあるのかは定かでありませんが、B・J・トーマスは「Niagara Dreaming」検証の翌年、まさに 「恋するカレン」の解説 を私が書いていた2021年5月に、その生涯を閉じました。