初出:2020年5月15日
お引越し:2023年10月8 日

 

Happy Ending 全曲解説 その8 「ダンスが終わる前に」

 

 

第1章から4章までは、コンテンツ増補バージョンでお届けします。
【2023年追記】は、秘密を掘り下げる(?)衝撃的な内容となっております。

 

1 三つのバージョン
2 匠の作曲術
3 円熟期のナイアガラサウンド
4 約束の場所

【2023年追記】 約束の場所で鳴らすのは…

 

 

第1章 三つのバージョン

アルバム「Happy Ending」に収録された「幸せな結末(Album Ver.)」と同じ“弦とボーカルだけで勝負”というコンセプトで制作されたのが、“Happy Ending バージョン”の「ダンスが終わる前に」です。

 

この曲のアレンジを手掛けた大滝詠一さんは、“渡辺満里奈バージョン”の「ダンスが終わる前に」のオケから、チェンバロ、タンバリンとウインドチャイム、ストリングスのみを抜き出し、ご本人のボーカルをフィーチャーして、スペシャルミックスのHappy Ending バージョンに仕立てています。

 

ウィンドチャイム

 

このHappy Ending バージョンは、渡辺満里奈バージョンのようなリバーブ・タイムの長いエコーはかかっていないので、両バージョンでオケの印象が異なって聞こえますが、ストリングスなども後年、新たにレコーディングしたものではありません。

 

ただ、両バージョンでは曲の長さが15秒、異なります。

 

渡辺満里奈バージョン(演奏時間: 2分36秒 でオルガンがリードを担っていた、イントロ2小節(演奏時間: 約3秒間奏6小節 (演奏時間: 約12秒の部分が、Happy Ending バージョンでは大胆にカットされています

 

Happy Ending バージョン(演奏時間: 2分21秒の間奏のつなぎは極めて自然なので、12秒分の間奏のカットに気付かずに聞き流している方もいらっしゃるかもしれません。

 

大滝詠一 「ダンスが終わる前に」

 

渡辺満里奈バージョンと大滝さんの歌う Happy EndingバージョンとをDAWソフトで重ねてみると、二人の歌い回しが驚くほどぴったりと重なります。

(※ 渡辺満里奈バージョンは第2章に掲出していますので、ご確認ください)

 

若干ずれているのは、

「♪ ときめいたー そのままで眠りたい

の「」に入るタイミングと、

「♪ 悩ましげなヘルター・スケルター

の「ルター」の巻き舌の2カ所くらいなのです。

 

おそらく、 Happy Endingバージョンの大滝さんのボーカル・トラックをガイドボーカルにして、渡辺満里奈は歌を徹底的に練習したのでしょう。

 

つまり、「ダンスが終わる前に」の Happy Ending バージョンに限って言えば、大滝さんがボーカルを録音したのは、「ダンスが終わる前に」という曲が1996年に世に出るよりも前だったということになります。

 

佐野元春さんのオフィシャル・サイトの1995年の項 を見ると、このあたりの詳細は次のようであったことが分かります。

 

「ダンスが終わる前に」のリズム・セッションのレコーディングは、'95年8月31日、信濃町のソニースタジオで行われました。

 

編曲は、大瀧さん(多羅尾伴内 名義)です。

 

当日、シナソに表敬訪問していた佐野元春さんは、“ガイド用のボーカル”を録音する際に、「佐野くん、歌ってみない?」と大滝さんに言われたというのです。

 

声をかけられた佐野元春さんは、快く引き受けブースに入ったのだそう…。

 

上述の様子をふまえると、大滝さんのボーカルのラインに佐野元春さんのハモりが重ねられたりしたレアトラックが、もしかしたら存在するのかもしれません。

 

「ダンスが終わる前に」を収録した渡辺満里奈のアルバム「リング・ア・ベル」が発売されたのは、'96年3月21日。

 

佐野元春さんは、その少し後に「ダンスが終わる前に」をセルフ・カバーしています。

“佐野元春バージョン”は、'96年5月22日リリースのシングル「ヤア! ソウルボーイ」にカップリング曲として採録されました。

 

最初に 佐野元春バージョンを聴いたときは、渡辺満里奈バージョンとかなりイメージが異なるのに驚き、ピンと来なかったのですが、なぜかイントロに惹かれたのです。

 

皆さまも、ぜひここで 佐野元春バージョン をお聴きください。

 

佐野元春 「ダンスが終わる前に」

 

そのイントロを初めて聞いて、知っているはずもないのに知っているような親近感を覚えたのです。

たぶん、次の2曲に相通じるものを感じたのだと思います。

 

一つは、大滝さんの(ナイアガラ・カレンダーじゃないほうの)「五月雨」のイントロ。

●大滝詠一 「五月雨(シングル・バージョン)」 (←クリック or タップしてお聴きください)

 

もう一つは、シュガー・ベイブの「 Down Town 」のイントロ。

●シュガー・ベイブ 「Dwon Town」(←クリック or タップしてお聴きください) 

 

実は、佐野元春バージョンでギターを弾いているのは、村松邦男さんです。

もしかしたら、佐野元春さんから村松さんにギターの音色や弾き方についても具体的なお願いがあったのかもしれません。

 

ギターリストが同じですから「 Down Town 」との相似性は合点がいくとして、佐野元春さんは「五月雨」に何か思いいれがあるのだろうか?と検索してみたら、驚きの結果が…。

 

2011年4月5日放送の「MRS - 元春レイディオショー」 のプレイリストを見ると…。

シュガーベイブ: DOWN TOWN

大滝詠一: 五月雨(シングル・バージョン)

というふうに、この2曲を続けてかけていたのです。

 

しかも、この週と翌週は「大瀧詠一を迎えて」となっています。

大滝さんをゲストに迎えての元春レイディオショーなんて、最高ですね。

 

ここでどんなトークが交わされたのでしょうか。(私、聞き逃しています。ぜひ、聴いてみたい…)

2023年 注:その後、ありがたいお申し出を複数いただき、聴く機会を得ました。)

 

 

第2章 匠の作曲術

佐野元春さんは、どのような思いを込めて「ダンスが終わる前に」を作ったのでしょうか。

 

大滝さんと音楽を共同制作するのは、'81年の「A面で恋をして」、そして'82年の「 NIAGARA TRIANGLE Vol.2 」以来13年ぶり。

 

「 NIAGARA TRIANGLE Vol.2 」のときは、杉真理さんを加えた3人の共通項がリバプール・サウンドでした。

「 NIAGARA TRIANGLE Vol.2 」は、各々がビートルズ・イディオムを多様に表現したアルバムとも言えました。

 

この頃に大滝さんがプロデュースした怪作が「ラストダンスはヘイジュード」(1981年)です。

歌うは、ザ・キングトーンズ 。

彼らのアルバム「 Doo-Wop STATION 」からの音源でお聴きください。

曲は0:21~から始まります。

ザ・キングトーンズ 「ラストダンスはヘイジュード」 

(↑クリック or タップしてお聴きください)

 

ポール・マッカートニーが「ラストダンスは私に」を聴きながら「ヘイ・ジュード」を作曲した、という余話に大滝さんが着想を得て、二曲を一曲にまとめてしまったのです。

 

ラストダンスは私に( Save the Last Dance for Me)」(1960年)は、ザ・ドリフターズの大ヒット曲ですが、日本人にもなじみの深い曲ですね。

メンバーのベン・E・キングは、ちょうど '60年にドリフターズを脱退してソロに転向しています。

 

この“ビートルズ”を前面に打ち出した「ラストダンスはヘイジュード」での大滝さんの実践が、佐野元春さんにとって、「ダンスが終わる前に」を生み出すヒントになったと思うのです。
 

あらためて、渡辺満里奈バージョンの「ダンスが終わる前に」(作曲:佐野元春)を聴いてみてください。

 

渡辺満里奈 「ダンスが終わる前に」

 

イントロの2小節(0:000:03)、そして間奏の6小節(1:161:28)は、まさに…

 

♪ So darlin' ,save the last dance for me

 

という「ラストダンスは私に( Save the Last Dance for Me)」のメロディを奏でているのです。

(今回の Happy Endingバージョンでは、ちょうどその部分がカットされていますが…)

 

The Drifters 「Save the Last Dance for Me」

 

佐野元春さんは、「ダンスが終わる前に」の曲作りでナイアガラ作曲術の常套手段(笑)であるところの、クリシェ的なコード進行も使っています。

 

ルート音は同じでトップノートが階段状に上下するというパターンの進行ですね。

 

Happy Endingバージョンの「ダンスが終わる前に」では、曲頭から8秒までのところが該当します。

 

曲中でも度々このキャッチーなクリシェのフレーズが登場しています。

 

クリシェにもいろんなパターンがありますが、作曲家のヘレン・ミラーが好んで使ったパターン、すなわち、「カナリア諸島にて」や「風立ちぬ」のパターンが、「ダンスが終わる前に」では使われています。

 

では、ヘレン・ミラーの手掛けた曲を3曲続けてお聴きください。

お時間のない方は、イントロから歌いだしのあたりだけを聴いていただいても構いません。

 

ナイアガラ・ファンが聴くと、全部「カナリア諸島にて」に聞こえるかもしれませんが、それは気のせいです。(笑)

 

The Quotations 「 Oh No I Still Love Her 」

 

The Applejacks 「 Wishing Will Never Make It So 」

 

Lettermen 「 Put Away Your Teardrops 」

 

 

 

ダンスが終わる前に」の作曲術について、さらに見ていくと…。

 

♪ 赤いドレスに

   シャンペングラス

    ステキな恋が

     始まりそうな夜

 

と1小節ごとに旋律のシュテム(幹)の音階が上がっていきます。

 

その後に続く、2小節のキメフレーズ

ダンスが終わるまーえにー

で、その前の5小節の展開を回収するキャッチーな作りになっています。

 

この “ 2小節のキメフレーズでその前のコード展開を回収する ” という作りは、翌'97年の「幸せな結末」にも影響を与えていると思います。

 

そう、

今夜 君は僕のもの

というキメフレーズですね。

 

特に、Happy Endingバージョン の「ダンスが終わる前に」のエンディングで、

 

ダーンスがお わーるま~えにー ンーン~ン~(ン~ン~まで含めるのがミソです)

 

と大滝さんが気持ちよく歌っているところは、「幸せな結末」のエンディングで

今夜 君は僕のもの

と2回リフレインした後に、

 

こんや君はー ぼーくのもーの~~

 

と歌いあげていくところに通じるものがあります。

 

●大滝詠一 「幸せな結末」 (←クリック or タップしてお聴きください)

 

ちなみに、前述の “ 1小節ごとに旋律のシュテム(幹)が上がっていく ” というイメージの元は何だろうか、と考えてみると…。

 

ドリフターズやベン・E・キングと同じく、ルーツ・オブ・ザ・ビートルズで、かつ、ルーツ・オブ・元春であるバディ・ホリーの曲が思い浮かびます。

 

コード進行こそ完全には一致しませんが、想起される2曲、「 Crying Waiting Hoping 」と「 Raining In My Heart 」 をお聴きください。

 

前者は映画『ラ★バンバ』のサウンドトラックでのカッコいいカバー。

後者で聴かれるクリシェのパターンは「マンハッタンブリッヂにたたずんで」のAメロにも通じるものがあります。

 

Buddy Holly 「 Crying Waiting Hoping 」( Marshall Crenshaws version )
 

 

Buddy Holly 「 Raining In My Heart 」

 

ここまで縷々、「ダンスが終わる前に」の曲作りについて述べてきました。

 

女性歌手へのナイアガラ・ワークスの中でも、「ダンスが終わる前に」は、松田聖子の「一千一秒物語」と並び、ナイアガラ・ファンから人気の高い曲です。
 

その人気の理由を挙げれば、きりがありません…。

 

キャッチーなメロディ、覚えやすい A-A-B-A 形式の曲構成、メリハリの効いたキメフレーズ、もうちょっと聴きたいと思う絶妙な曲長などなど…。

 

ダンスが終わる前に」は、匠の名曲なのです。

 

 

第3章 円熟期のナイアガラサウンド

佐野元春さんから提供された名曲に、大滝さんは名編曲とナイスサウンドで応えました。

 

1990年代の後期は、ナイアガラ・サウンドの円熟期でもありました。

 

'94年にダブル・オーレコードが設立され、大滝さんは取締役に就任。

'95年の年明けとともに日曜のお茶の間に「うれしい予感」が流れました。

翌2月に「うれしい予感」が発売されるときには、「ナイアガラ宣言」なるものが発表され、お祭り騒ぎの中、大滝さんの音楽活動再開が世にアピールされたものです。

 

大滝さん本人の音楽活動のみならず、晴れ晴れとナイアガラ・プロデュース時代が始まった…はずでした。

 

渡辺満里奈の「うれしい予感」のイントロでは、華々しくチューブラーベルが鳴り響きました。

チューブラーベル

 

その旋律は、まるで「プリーズ・プリーズ・ミー」。

そう、ビートルズ初の(イギリス盤公式)オリジナル・アルバムの表題曲です。

 

今からナイアガラで何かが始まる…、そんな“うれしい予感”を告げる曲でした。

 

渡辺満里奈 「うれしい予感」

 

「うれしい予感」のレコーディングの際は、間奏で聴かれるハーモニカのダビングが果てしなく繰り返されたそうです。

 

エンジニアを務めた内藤哲也氏が、サウンド&レコーディング・マガジン誌のインタビューで、その様子を披露していました。
 

「今日は何をするのかな?ってスタジオに入ると、え!またハーモニカなの!?って」

 

それは、きっと、大滝さんはどうしても「プリーズ・プリーズ・ミー」のハーモニカのイメージが欲しかったからなのでしょう。

 

THE BEATLES 「 Please Please Me 」

 

'96年3月21日、ナイアガラ記念日に、満を持して渡辺満里奈のアルバムが、ダブル・オーレコードのYoo-Looレーベルから発売されました。

 

タイトルは「 Ring-a-Bell 」…、「うれしい予感」のイントロで華々しく鳴ったベルの波動を感じさせるはずでした。

 

 

「うれしい予感」のアルバム・バージョンは、もはやナイアガラ・サウンドの最高到達点に。

 

スペクター・サウンドでいうところの「River Deep ~ Mountain High」状態で、音の壁とエコーが存分に堪能できました。

●Ike & Tina Turner 「 River Deep ~ Mountain High 」

(↑クリック or タップしてお聴きください)

 

「 Ring-a-Bell 」に収録された「ダンスが終わる前に」も「あなたから遠くへ」(編曲:多羅尾伴内)も練りに練られたアレンジとエコーの具合が絶妙で、大滝さんとしても自信作であったはずです。

 

その自信は、「Ring-a-Bell 」でのクレジットにも表れていて、「探偵物語」「Tシャツに口紅」「幸せな結末」のように「編曲:井上鑑」とはせずに、アレンジャー名義は多羅尾伴内やCHELSEAと明確にクレジット。

井上鑑氏はストリングス担当とされていました。

 

しかし…。

 

ムーブメントは起きませんでした。

 

大滝さんの神通力は、J-POP真っ只中の当時の日本の歌謡界には浸透しなかったのです。

 

打ち上げられた“予感”の花火が夜空に大輪の花を咲かせるには、もう少しその先の“結末”を待たなくてはなりませんでした。

 

 

第4章 約束の場所

'80年代のようなナイアガラ・ブームが再燃しなかったせいなのか、シングル「うれしい予感」からアルバム「リング・ア・ベル」までは、1年以上のブランクがあります。

 

もしかしたら「ダンスが終わる前に」は、「うれしい予感」に続くシングルとして企画、制作されていたのかもしれません。

 

ダンスが終わる前に」のカップリング曲は、「リング・ア・ベル」に収録されている「約束の場所まで」だったのはないか…。

 

 

この「約束の場所まで」には編曲やコーラスで杉真理さんも参加しています。

 

作曲は、平井夏美こと川原伸司さん。

 

松田聖子のシングル「風立ちぬ」のB面曲「Romance」の作曲を手掛けたのも、平井夏美こと川原伸司さんでした。

 

大滝さんは、「ダンスが終わる前に」も「風立ちぬ」にあやかってヒットするように! という願を懸けたのでしょうか…。

 

「リング・ア・ベル」のブックレットでも、なぜかこの2曲「ダンスが終わる前に」と「約束の場所まで」だけが密接して掲載されていて、このページは、さながらナイアガラ・トライアングルの再結集のようです。

 

渡辺満里奈 「約束の場所まで」

 

「約束の場所まで」の “約束の場所” って、どこなのか…。

 

松田聖子のアルバム「風立ちぬ」のとき、ホントなら大滝さんは「ナイアガラ・トライアングル2」のメンバー3人で曲を提供しあって完成させたかったはずなのです。

 

その夢はかなわなかったけど、今ここで…。

 

そう思って、「約束の場所まで」の歌詞をもう一度、読み返すと…。

 

ナイアガラ・トライアングルの3人が走り抜けた、'81年から十数年間の道程を描いているようです。

 

ちょうど「1969年のドラッグレース」で描かれる、はっぴいえんどのメンバーのそれのように…。

 

♪ 変わらない約束だけでいいの ダンスが終わる前に 」

 

そんな深い余韻に浸るのにうってつけなのが、Happy Ending バージョンの「ダンスが終わる前に」の、大滝さんの歌声と弦の調べなのでしょう。

 

 

 

 

【2023年の追記】

約束の場所で鳴らすのは…

'81年から'82年にかけて佐野元春、ナイアガラ・トライアングル、松田聖子の3アーティスト名義のリリースについて、時系列で並べてみました。

 

'81年6月25日 佐野元春のシングル「SOMEDAY」
'81年10月7日 松田聖子のシングル「風立ちぬ」
'81年10月21日 ナイアガラ・トライアングルの「A面で恋をして」
'81年10月21日 松田聖子のアルバム「風立ちぬ」
'82年3月21日 ナイアガラ・トライアングルのアルバム「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」
'82年5月21日 佐野元春のアルバム「SOMEDAY」

 

この時期についての大滝詠一さんの述懐を、X(Twitter)のポストを借りて、ふり返ってみましょう。

 

↑大滝詠一botさんのX(Twitter)-1

 

↑大滝詠一botさんのX(Twitter)-2

 

松田聖子のアルバム「風立ちぬ」で作曲家陣を大滝、佐野、杉の御三方で固めようとしていた…。
2012年のインタビューで初めて、大滝さんの頭の中にあった“構想”が明かされたのです。

 

その当時の実態はどうだったのか、関係者の証言を拾ってみましょう。
ライター・水原空気氏による若松宗雄氏へのインタビューから引用してみます。

 

水原
アルバム「風立ちぬ」のオファーがあったとき、1976年に吉田美奈子さんのアルバム「FLAPPER」を仲間たちでプロデュースした体験を思い出し、またあんな風に佐野元春さんや杉真理さん、平井夏美さんと聖子さんのアルバム「風立ちぬ」を作りたいと考えていたようですよ。

若松
えーーー! その話、聞いてないよ。いいじゃない、それ。
ナイアガラ・トライアングルと聖子。やってみたい。

 

このインタビューから分かるのは、松田聖子のレコーディングの現場にいた若松宗雄氏のレベルでも、大滝さんの“楽曲提供トライアングル構想”を全く知らなかったということです。

 

現場のメーカー・ディレクターではないレベルで、その“楽曲提供トライアングル”についてストップがかかったのでしょうか…。

 

ナイアガラ・トライアングルの3人が、アルバム「風立ちぬ」に結集することはありませんでした。

 

では、“楽曲提供トライアングル構想”は、どこまで具体化していたのでしょうか。

 

2022年の「NIAGARA TRIANGLE Vol.2 40th Edition」に関するインタビューの場などで、佐野元春さんが語っていた内容に、気になるくだりがありました。

 

それは、大滝さんが佐野元春さんの「マンハッタンブリッヂにたたずんで」を、「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」の収録曲としてどうしても欲しがった…という話でした。

 

「マンハッタンブリッヂにたたずんで」は、もともと佐野春さんが自身のアルバム「SOMEDAY」へ入れようと準備していた曲でした。

 

「大滝さんに『マンハッタンブリッヂにたたずんで』を『NIAGARA TRIANGLE Vol.2』に持って行かれてアルバム『SOMEDAY』の構成が変わっちゃった」と、伊藤銀次さんとの対談のときにも佐野元春さんはこぼしていたものです。

 

私は、一連のエピソードを聞いて、不思議に感じたことがありました。
大滝さんが、佐野元春さんのソロアルバムの収録候補曲をいちいち聞いてチェックして、強引にその中の1曲を欲しがるなんてことがあるのだろうか…と。

 

もしかしたら、大滝さんは「マンハッタンブリッヂにたたずんで」の1曲だけを、事前に聴く機会があったのかもしれない…。

 

先ほどの時系列に並べた作品群を、いま一度じっくり眺めてみると、あるストーリーが浮かんでくる気がします。

 

「マンハッタンブリッヂにたたずんで」は、松田聖子への提供曲の候補作だったのではないでしょうか。

大滝さんはこの候補作品を佐野元春さんから聴かされて気に入り、覚えていたのではないか…。

 


佐野元春『ザ・ソングライターズ』特設サイト

 

実は私は、印象に残る「佐野元春さんの目配せ」を目撃したことがありました。

 

ⓒ 2009 NHK

 

印象に残ったというのは、2009年のNHKの番組『佐野元春のザ・ソングライターズ』の中で、佐野元春さんがゲストに迎えた作詞家の松本隆氏へ送った“目配せ”です。

 

ⓒ 2009 NHK

 

番組中で、佐野元春さんが次のような話題を松本隆氏へ向けたのですね。

 

ぼくは、松田聖子プロジェクトの「ハートのイアリング」で初めて松本さんとコンビを組むことになったんだけど…。

 

ⓒ 2009 NHK

 

そのタイミングで出た、佐野元春さんから松本隆氏への目配せ…。

“目配せ”の意味が、私にはこんなふうに思えたのです。

 

すなわち。

その昔、松本隆サンの歌詞に曲をつけたものの幻の作品に終わったことがあったけど、今日のところは、二人の初コラボ作品は「ハートのイアリング」だったことにしておきたいと思いますんで、よろしく…。

 

「作詞:松本隆 / 作曲:佐野元春(Holland Rose名義)」の初のコラボ・シングル「ハートのイアリング」の前に、実は幻の作詞・作曲コンビを組んだことがあったのではないか…。

 

そんな妄想が、沸いては消え、消えてはまた沸き…、月日は経ちました。

では、幻のコラボ作品は、どこまで具体化していたのでしょうか…。

 

ずばり、この「黄昏はオレンジライム」の歌詞(作詞:松本隆)を、「マンハッタンブリッヂにたたずんで」のメロディで歌えるのですね。

 

まずは、実際にアルバム「風立ちぬ」に収録された「黄昏はオレンジライム」を、お聴きください。

アイドルが歌う曲として、鈴木茂さんが作曲したこのナンバーは、メロディもサウンドも当時の松田聖子に絶妙にマッチしていると思います。

 

松田聖子 「黄昏はオレンジライム」

 

では、「黄昏はオレンジライム」の歌詞を「マンハッタンブリッヂにたたずんで」のメロディで歌うと、どのようになるのか。

 

少し譜割りが難しくてイメージしづらいと思いますので…。

無謀にも「歌ってみた」シリーズでお届けしましょう。

前掲の歌詞カードをご覧になりながらお聴きください。

 

黄昏はオレンジ・ライム」の歌詞を「マンハッタンブリッヂにたたずんで」のメロディで歌う

 

これが、ほぼぴたりとハマるのです…。
(オリジナルキーのままで歌ったので声がひっくり返ってるのはご容赦ください)
(バックの演奏は今回の検証用のオリジナル制作オケです)

 

いや、これはあくまでも私の妄想で、ピッタリ歌えるのもたまたまの偶然かもしれません。

 

ですから、佐野元春さんご本人に対して、「マンハッタンブリッヂにたたずんで」には実は前日譚があったんですか? というような質問をなさらぬよう、切にお願い申し上げます。

 

お口直しに、あらためてご本人の素晴らしい歌唱を…。

佐野元春 「マンハッタンブリッヂにたたずんで」 

(↑クリック or タップしてお聴きください)

 

先に述べたように私の妄想かもしれないものの、ただ、この「黄昏はオレンジライム=マンハッタンブリッヂにたたずんで」という説を採用すると、佐野元春さんのファンの間で謎だ…とされていた話が解決するように思えるのです…。

 

過去に『ミュージック・ステディ』の誌上で佐野元春さんが、次のように自曲の解説をされていました。

「マンハッタンブリッヂにたたずんで」のリフの
♪ Love is here , Love is here
はT・レックスの
♪ Get It On , Get It On
をそのまま使った…。


その発言に対して、佐野元春さんのファンの間では…、


「 Get It On 」と「マンハッタンブリッヂにたたずんで」は曲調が全然違うし、T・レックスと「マンハッタンブリッヂにたたずんで」との関わりも不明で謎が深まる…。

と、されてきたのですね。

 

佐野元春さんは、いわゆる“詞先”による曲作りの過程で「黄昏はオレンジライム」の歌詞「 It's too late 」を見て、その3音節に当てはめるのに最適なT・レックスの「 Get It On 」という3音節のフレーズを、思い浮かべたのではないでしょうか?

 

その結果、「♪ It's too late 」というキメフレーズのノリに合わせて、「黄昏はオレンジライム=マンハッタンブリッヂにたたずんで」のAメロでは、佐野元春さんはシンコペーションのリズムを取り入れたのかもしれません。
「ハートのイアリング」が「マンハッタンブリッヂにたたずんで」に似ているという印象を受けるのも、このシンコペーションのリズムが両曲で多用されているせいでしょうし、佐野元春さんなりに松田聖子プロジェクトの“落とし前をつける”ために意図的にそうしたのでしょう。

 

さて、T・レックスの問題の曲の “正式な” タイトルは、「 Bang a Gong  (Get It On) 」です。
アメリカやカナダでリリースされたときの当初のタイトルが「Get It On」ではなく「Bang a Gong」だったことに依ります。

 

そのT・レックスの曲をお聴きください。

T.Rex 「 Bang a Gong  (Get It On) 」

 

T・レックスの「 Bang a Gong 」(ゴング=ドラを鳴らせ)と、佐野元春さん作曲の「ダンスが終る前に」を収録したアルバム、「 Ring a Bell 」(ベルを鳴らせ)というタイトルの類似は、偶然なのでしょうか。

 

佐野元春さんは、曲をつけた「黄昏はオレンジライム」を大滝さんへ提出した当時、「 It's too late 」の部分のメロディについて、その由来を大滝さんに話したのでしょうか。
「大滝さん、『 It's too late 』はT・レックスの『 Bang a Gong  (Get It on) 』を使ってるんですよ」という具合に…。

 

大滝さんは、'96年の渡辺満里奈のアルバム「 Ring-a-Bell 」で佐野元春さんをライターとして迎えるにあたって、最恵国待遇なみのもてなしをして、アルバムタイトルも佐野元春さんとの「 Bang a Gong 」の想い出にちなんで名付けたのでしょうか…。

 

2024年の「EACH TIME 40th Edition」に収録されるであろう、有名な「イーチタイム未発表曲」(参照:れんたろうの名曲納戸)は、ナイアガラでは珍しくT・レックスのナンバーを下敷きにした曲ですが、もしかしてもしかしたら、佐野元春さんにコーラスで参加してもらうプランなども、往時の大滝さんのアイデアの中にあったのでしょうか…。
 

そんな想像をして、一人胸を熱くしているのですが、すべては私の妄想なのかもしれません。

 

今回のブログ本編で述べた「約束の場所」とは…、やはり、ご当人たちしか知らない、外からは永遠にはかり知れない場所なのでしょうね。