二通のはがき :ショートストーリー | レンタル・ドリーム 『夢』 貸し出し中!

レンタル・ドリーム 『夢』 貸し出し中!

アンドロイドの皆様へ。
あなたに今夜見て頂きたい『夢』を貸し出すレンタルショップです。
さてさて、用意致しました今宵のプログラムは……。

原則一話完結のショートストーリーです。
 


「こいつは掘り出しもんだ」

私が手に取ったのは科学薬と漢方薬の効能を体系的に比較したハードカバーの専門書です。



天まで見通せるような青空の下で街全体が動き始めた午前十時。

少し冷たくて気持ち良い秋風が吹き抜ける商店街を、私は一人で散策していました。

三日前、四年間のアメリカ留学を終えて帰郷したばかりで、ようやく身辺が落ち着いたところです。

見慣れても以前とは何かがちょっとだけ変わっている街並みに、私は四年分のタイムスリップを味わっているようでした。

この店もそうです。

四年前の開店当初、この古本屋には漫画と小説、新書くらいしか並べられていませんでした。

それが今では各種専門書まで並べられているのですから。

もっとも、偏ったタイトルばかりであるのは否めませんが。

私が発見したのは、三年前に古田教授の書かれた本で定価は八千円。

それがわずか千円です。

回転率の悪い商品は値を下げてでも動かそうという店の方針なのでしょう。

が、そんなことはどうでも構いません。

私は本物の宝を手に入れた気分というのを、生まれて初めて味わっているのです。

ひょっとして値札が間違っているのでは?他にこれを狙っている人がいるのでは?心に万全の警戒態勢を引きながら、私はその本をレジへと持ち込んだのでした。


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今日はこれといった予定もありません。

ひとまず、私は学生時代よく通っていた大学前の喫茶店に入ることにしました。

もちろんこの本を開くためです。

注文を終え、早速右開きの本の一ページ目を開こうとした時、左手がわずかなページのズレを感じ取りました。

どうもそのページに何か挟まっているようです。

すぐにそこを開き挟まっている物を確認すると、それは綺麗な文字で綴られた一通の手紙でした。



拝啓

山々が色付き始め遠目にも秋の深まりを感じるようになりました。貴方様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。

先の便りに対して何の沙汰も頂けないのが心配でたまらず、もう一度筆を取りました。

体調にお変りはございませんか。変りがなければないと、それだけでもどうか。貴方の身辺をひたすら案じております。

前にも申し上げておりましたが、私は貴方をお恨みなど微塵も致しておりません。よろしければ、今一度お顔を拝見願えないでしょうか。直に貴方様の声で現在の暮らしについてお聞かせ下さい。

毎月一日の正午には、港の見える藤尾浜公園にてお待ちしております。どうぞ足を運んでやって下さい。

朝夕の寒暖の差が大きい時節となりました。体調など崩されぬようくれぐれもご注意下さい。

敬具
○○年十月二十五日
沙也加



意図しなかったとはいえ、他人の秘密を盗み見てしまった罪悪感を抱きながらも、同時に私はこの手紙の差し出し主について少なからず興味を抱いてしまいました。

相手の事情で無理やり別れたようにも読み取れますが、手紙を書いた主の相手に対する未練も思いやりも感じられます。

日付は一週間前、一日といえば今日のことです。藤尾浜公園は隣駅ですから、これを飲み終えた後で向かっても十分間に合います。

悪趣味と感じないわけではありませんが、この手紙の差出し主のことが気にかかり、私は公園へと向かおうと決めたのでした。



平日、正午前の公園にはほとんど人がいませんででした。

目についたのはベンチに腰掛けた年輩のご婦人だけです。

港を見渡せる眺めの良い立地ながら、オフィス街からは少し遠いこともあり、ランチタイムをここで過ごそうという人も案外少ないかも知れません。

私はそのご婦人のベンチから二十メートルほど離れた隣のベンチに腰掛け、正午まで先ほど買った本の続きを読むことにしました。

ご婦人はといえば、誰かを探す風でもなく、ただ港の方を眺めていらっしゃるだけです。



五ページほど読み進んだところで、私は誰かがこちらに向かって来る足音に気付いて顔を上げました。

「あっ」

近づいて来た相手もまた、私の姿を発見するや同じ声を発しています。

「帰ってたの!?」

それはアメリカ留学中に連絡が途切れてしまった元カノでした。

「一昨日、いや一昨々日」

「……そう」

「うん」

「…………」

それでも留学中して半年の間は、ネットを使って彼女との交流は続いていました。

しかし、スカイプ(ネットを利用したテレビ電話)を通じての会話も、時差の関係でいつしか研究の妨げと感じるようになり、日本とは大きく異なる流行も会話のすれ違いとしか受け止められなくなってしまったのです。

そのうちにブログもメールも億劫となり、結局一年を待たずして彼女との交流は途絶えてしまったのでした。


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「元気だった?」

「うん。君も……元気そうだ」

「元気よ」

喧嘩をしたわけでも、お互いに嫌ったわけでもありません。どちらかが別れを切り出したわけでもありません。

今でも彼女を思わないことはないのですが、今更顔を合わせたところでバツが悪いだけです。

何でもいいから話題を探そうと頭を巡らせたのですが、ようやく思いついた言葉は彼女に先に言われてしまいました。

「こんなところで何してるの?」

いくら互いに日常行動圏の中とはいえ、こんな人気のない公園で出会うというのは不自然に過ぎます。

「あぁ、実はね。さっきこの本を手に入れたんだけど……」

「あっ!それ」

「何?」

「それ、駅前の古本屋にあったヤツでしょ」

「うん、そうだけど」

「昨日買おうとしたんだけど、お金が足りなかったのよ。他にも欲しい本があって。で、まさか誰も買うはずないだろうと思って帰ったんだけど、さっきあらためて行ってみたらもう無かったのよ」

「僕が買っちゃったから」

そう言った時、正午を告げるメロディが近くのスピーカーから流れて来ました。

比較的大きな音なので、これが終わるまではちょっと会話は出来そうにもありません。

私は身振りで彼女をベンチに誘いました。

こうして同じベンチに腰掛けるなんて何年ぶりだろう。

そんな風に考えながら何気なく彼女の方を向いた時、その肩越しに見えたのは、先程のご婦人が立ち上がって周囲を見渡している姿でした。

その瞬間ようやく自分がここに来た理由を思い出したのです。

私は左右を見渡し、後ろにも目を向けましたが公園内にいるのは、あのご婦人と子供連れのお母さんだけです。

メロディが終りベンチに座り直した時、振り返ると彼女が不思議そうな目で私を見ていました。

「誰か探してるの?」

「いや」

「ひょっとしてお昼に彼女と待ち合わせしてたとか?」

「いや]

「…………」

「あれ以降、誰とも付き合ってないよ」

最後につけ足したのは彼女の心を探るためのソナーでもあったのですが、そんな言葉だけで彼女の心を捉えることなどできようはずありません。

彼女はただ「そう」とだけ答え、再びベンチに腰掛けたあのご婦人を見つめていました。

「僕がここに来たのはね……」

私は本の間から手紙を取り出し、彼女に渡しました。

ところが、それを受け取るや彼女の表情は一変し、その目は手紙に釘付けになってしまったのです。

「どうしたの?」

彼女が読み終えるのを見計らって私は声を掛けました。

「実は私の買った本にもこの人の手紙が挟まれていたの。あなたが買った本の隣にあった本、同じ薬学の本よ」

そう言いながら彼女はバッグの中から手紙を取り出し、私に見せたのです。

「これよ」



拝啓

濃い緑が強い日差しを遮り、その生命力が目に優しさを与えてくれるように感じるようになりました。

蒸し暑い日々が続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。

幸いこちらの方はつつがなく暮らしておりますが、その分研究費を補うために家財も家族さえも失ってしまった貴方様のことを思うと……。

あれから何もご連絡が頂けないため心配がつのるばかりです。

研究の方は何か進展がございましたでしょうか。お忙しいようでしたら仕方ありませんが、もしお時間が許せば来月一日の正午に、港が見渡せる藤尾浜公園にてお待ちしております。

もし都合が悪いようでしたら次の一日に、それでもだめならその次の一日正午にお待ちしております。

わずかな時間で結構ですから、お顔だけでも拝見させて下さいませ。

まだしばらくは雨の降らない日が続くようです。くれぐれも体調に留意してお過ごし下さい

敬具
○○年七月二十五日
沙也加



「この手紙は……」

「おそらく同一人物が書いたものね。しかも日付はこっちの方が先よ」

「住所もわかっているのに会いに行けないというのはどういうことだろう?」

「きっと何か事情があるんでしょうね。お金に係わる内容だけに」

「僕の手紙では、いまだに会えてないみたいだ」

「もしそうだとしたら、あちらの方かも」

私はもう一度隣のベンチを振り向き、あのご婦人の姿を確認しました。

ご婦人は再びベンチに腰を下ろし港の方を眺めておいでです。

「まさか……あの人が」

「今日も会えなかったのかしら」

「だとしたら切なすぎる。なぜ、この手紙の受け取り主は手紙を本の中に挟んだまま売ってしまったんだ」

「研究費のために手放したとか」

「手紙の存在を忘れてしまうくらい、この受取人は家族に対する興味を失ってしまったっていうのかい?」

「じゃあ、あえて無視したとか?」

それを聞いた時、私自身が彼女からのメールを幾度も無視してしまったのを思い出しました。

すべての原因は自分にあったというのに彼女を忘れられないでいる、あまりにも身勝手過ぎる自分。

その醜さに気付き、私は例えようのない不快な気分に陥ってしまいました。

「あるいはこの受取人はすでに亡くなっているとか」

私がそう言ったのは、この不快感から逃れたいがため。しかし、そんな態度までもが自分を貶めているようにしか感じられません。

「そんな……」と言った彼女が突然私の肩越しに何か発見したのを、私の目は捉えていました。

同時に、あのご婦人が彼女の視線と同じ方向を見ながら立ち上がるのも。

私は彼女が見つけたものを確認すべく首を大きく回しました。

そこには老紳士が杖を突きながら小さな歩幅でゆっくり進む姿が。

私たちは視線を港の方へ戻して座り直し、無関心を装いながら、老紳士が通り過ぎるのを待ちました。

この手紙はあの方たちのものだったのでしょうか。

今なら確認もできますが、ここは真実を知るよりも、ほっとする出来事として心に残しておくのが最善でしょう。



ついさっきまでの不快な思いは心の中から消えていました。

想いがあるのなら伝えねば。

過ちを犯したのなら謝らねば。

相手の想いをつなぎ止めるには努力が必要だったのです。

その事も今度は伝えよう。

そう心に決めた時、口を先に開いたのは、またしても彼女の方でした。

「ねぇ、お腹減らない?近くでランチしようよ」




おわり