久しぶりに書きますー



新しい勤務地で働き始めて早くも3ヶ月が過ぎるのねー
はええええええ
こうやって今年もあっという間に終わるんだろうなー

私の毎日は相変わらず1日1日が戦いで日々オールアウトしてる感じ←
出しきってるなー、脳みそも体も!

あっという間に1週間過ぎていくことで逆に自分ちゃんと変わっていけてるのかなってゆー不安も変に感じたりね(..)

ちゃんと全力投球してるし、出しおしんでることは全くないけど、自分の成長や変化ってなかなか分からないものだしさ



それと関係もしますが、最近はあまり将来ビジョン考えてません

、というか考えないようにしてる

今の毎日がわりかし順調にきているってのもあって、今のこの流れをあまり絶たないほうがいいなって思ってるのと、

色々考えすぎて自爆しちゃうところもあるから笑

今の流れが自分をなんとなくいいところに連れてってくれる気がするので

なんかまた根拠のない甘ったれた発言に聞こえるだろうけど笑

自分には調度いいんじゃないかなーと思っております



それに、

私達トレーナーが求められること、できることが本当に様々で、
プロが偉いとかいう何が凄いとか偉いとかではなく、求められる場所で求められることが果たせるならフィールド関係なく立派だと思うのさ

そうなれたら充分だなって

先輩達の背中をみてると尚更そんなことを思う



しばらくはこんなペースでやっていきます

落ち着いたらまた自分の行く末を少しずつ考えよー


最近思うこと。




THATに入ってから1、2年の間、

私は先輩についていくだけで、目の前のことをやるだけで、

ルールや規則がめんどくさいと思ってて、なんでこんなにミーティングばっかりやらなきゃいけないのかと思ってた

不安や責任を感じたこともなかった





でも3、4年になって色々変わっていってTHATや自分のトレーナー像のことをちゃんと考えるようになった時、度重なるミーティングの意味がわかった
自然とチームの話や後輩の話になっている自分たちもいた



そこには熱意があって、自分の矢印が向いていて




ミーティングをするのも、話がつきないのも、その根底には強い思いがあるからで、だから不安になる、自分の責任を感じる
だからミーティングもするし話もするんだ




つまり、不安に思うことも責任を感じることも大前提には熱があって、それがなければその不安さえも感じないということ
責任があるならばその責任を負おうとさえできないということ

熱があるから本当の意味でいろんなことを感じる

プラスなこともマイナスなこともそうじゃなきゃ感じない

でもだからこそ良いものはもっとよくしようと、悪いものは良くしようと思える
本気でぶつかっていける

その大前提である『熱』が実は全てで、それがぶれてしまえばある一定のラインまでしか何かを感じ、得ることはできないと思う




だから私はマイナスもプラスも自分の100パーセントの熱意のもと感じたい
成功も失敗もその前提がなければ本当の意味で自分のためになることはないだろう



会いたい。

顔が見たい。

見ていてほしい。

一緒にやりたい。



私はそんな、相手のhopeを常に向けられていたい。

他でもない私を必要としてほしい。



この感覚って、私がトレーナー続けられる動機に結構影響してるよなー

必要とされる喜びと、更に何かを返せた時の喜びと。

彼氏とかもおんなじ。



それって実は私のじこまんなのかもしれない

でもいつも必要とされていたいってゆーのは生きていくうえで当たり前の欲求だと思うし

それを誰に、ってとこがポイントなわけだけど




私は、万人に欲してほしいとも思わないし誰からも愛されたいとかは思わない

私が大好きな人たち、数は少ないけど、その人たちに必要とされていれば、それだけで充分幸せです




人生の根本のテーマって私にとってはたぶんこれ

いくら私が凄い人になれたとしても、その過程で周りの愛に答えられなかったら意味がないんだ