病院では認知症看護に関する学習会が開催されます。その度に認知症を理解し適切な対応をと思うのです。
患者さんには優しい対応を心がけてはいますが、自分の身内となると・・・やっぱり優しくするのは難しいものです
とくに最初の方はね・・・。
アルツハイマーだからとは分かっているけど、同じことを何回も聞かれたり、忙しい時に呼び止められて言葉がでずにいたり、整理したそばから散らかされると、ついイライラ
母だからでしょうね、『もう、いい加減にしてよ』と怒ってしまう。
患者さんには怒らず対応ができるのに、母にはつい怒ってしまう。患者さんは他人だし、仕事だし、四六時中一緒にいるわけじゃないから第3者の看護師としてプロ対応できる。なのに、母にはプロ対応できない・・・頭ではアルツハイマーと分かってるけど、心のどこかでは認めたくないのかな
アルツハイマーになる前の状態も知ってるしね。
母も昔から強気の人だったから、売り言葉に買い言葉で余計に悪循環に突入
で、この言葉・・・
『私だって認知症になりたくなかったのに』
『情けない、もう死んでしまいたい』
『あんたに面倒見てって言ってない』
ため息しかでねぇ
認知症になったのは仕方ないとしても、今まで面倒見てたのに、それ今言う?と

育ててもらったことには感謝してますが、いろいろあり(またいつか・・・割愛)援助してきたわけです。こっちが情けなくなる
もちろん、怒っても病気だからしょうがないことは分かってるし、母に悲しい思いもさせたくない。私も穏やかに過ごしたいけど、余裕がなくつい怒ってしまう。怒った後は、いつも自己嫌悪タイムとなるのです
これが毎日毎日続くのです
余裕がないのにはまた理由があるわけで・・・これもいずれ書き綴ろう。きっと誰にも起こりえることで、わかり合える人がいると思いたい。
とりあえず現在の状態としては、私は怒らなくなりました。怒ってもどうしようもないし、疲れちゃったし
とりあえず、笑える失敗は笑って流すことにして、どうでもいいことは見て見ぬふりをすることにしました
私自身も頑張りすぎないようにしようと。看護師だけど、自分と身内のことは素人みたいになるもんです。
そこに行き着いたのには、話を聞いてくれる専門家がいたからです。認知症ケア認定看護師の方にアポをとって話を聞いてもらって、少し心の整理をすることができました
母自身も最初は自分が認知症だと認められなかったのだと思います。今は周りの人に認知症だと伝えたので、助けてもらいながら生活しています。
今でも言い合いになることはありますが、前に比べたら穏やかなもんです。これから認知症が進行していけばまた余裕がなくなっていくかもしれませんが
最近はこの言葉にカチンとたまにきます
『私アルツハイマーだもん、仕方ないじゃん?』
開き直りかい