ごきげんよう。ご訪問感謝します。今回は「婚活」のことを書いています。ろくに婚活したことのないわたしですが、そんなわたしでも婚活や婚活をしている人たちの姿勢から受け取るメッセージはあるのですね。その結論を先に言っておくと、「乙女心」(笑)
 

 

本編に入る前に、ツインレイの彼女(=片割れ)のやっているブログをご紹介させてください↓↓↓

 

 

 

 
婚活ってありますよね。婚活している人というのがいて、婚活する人のためのマーケットと言いますか、催し物や事業などがあって。わたしはそうした文化の当事者になったことはないんですが、しばしば耳に入ってくることはありました。
 
 
職場の同僚で、結婚願望のある人が良い人を探しに婚活パーティに行った、という話を聞いたりとか。あとはネット記事ですかね。身近なところだとパートナーからも婚活をしている人たちのことを聞いたりします。
 
 
婚活をしている人たちに関して、わたしが耳にしたのは男性だと相手の若さ、女性だと相手の稼ぎを重視しているというもの。そうやってマッチングしていくと高スペック男性は一瞬で婚活市場からいなくなってしまうらしく、必然的に女性が選ぶ側として強い立場になっていくとのことでした。
 
 
女性側が選ぶ立場として強いというのは昔からそうなのかもしれません。結婚相手に望む「3高」の基準(身長・学歴・年収……だったかな?)はよく知られています。最近わたしが聞いたのでは「3平」という基準もあるらしいです。それは平均的な年収、平凡な生活、平穏な性格の3つ。
 
 
たしかに、結婚相手の基準を話すのって女性のイメージがあります。男性が話しているのって見たことないなぁ。
 
 
話を戻すと、立場の強い女性が相手の年収に妥協できないために、婚活市場で余った男性の多くをアウト・オブ・眼中にしてしまうのは、わたしにはよくわかりませんでした。なんなら都市伝説のようにさえ思っていたのです。
 
 
ですが、ネット記事にせよパートナーからの伝え聞きにせよ、それが本当のことらしいと思わざるをえない自分がいます。このアメブロでも婚活についての記事があって、おすすめに上がっていたのを読んだんですが、そこにもやっぱり「結婚したい自分」と「妥協できない自分」に揺れている女性がいました。
 
 
ある学者さんがしゃべっている番組を見ていたときに、たまたま婚活の話題を話していました。いわく「スペックでしか相手を見られない感受性は良くない」「そもそも結婚相手を探しているという根性に問題がある」「好きだから相手と一緒になってその延長にあるのが結婚だ」「好きかどうかのレベルの話に相手のスペックがどうのと言っているのが人を見る目としておかしい」──などなど。
 
 
その話で特になるほどなぁ、と思ったのは、「結婚相手を探す」という願望が初期設定としておかしくて、本来なら「恋愛相手を探す」のほうが自然だということです。好きというのが関係の底になければ、どうして幸せな結婚生活を過ごすことができるでしょう。
 
 
そもそも、恋愛にせよ結婚にせよ、人を相手にするものです。スペックで選り好みした相手というのは、機能やブランドイメージが付いた物を相手に結婚しているように思っちゃうんですが、どうなんでしょうね。とくに相手の年収に惚れてした結婚なら、契約結婚みたいな風情がある気がします。
 
 
ここまで女性の側のことを言いましたが、男性の方でも問題があるのだろうと思います。ただ、わたしの視界に入ってこないのかどうか、婚活をしている男性の声ってあまり見かけないのです。婚活女性の相手に望む高めな条件設定に対して、文句を言っているのを見かけるくらい。そういう男性たちが婚活をしているのかはわからないのですけれど。
 
 
女性はよく、男性よりも「現実的」だと言います。だからこそ結婚相手の条件を好いものにして、結婚後の自分の生活が安定したものであることを考慮しているのでしょう。ですが、その現実感覚のために夢を見る力が失われていくのは惜しいと思います。というか、人が幸せになるには夢を見る能力に掛かっているんじゃないかとさえ思うのです。
 
 
なんのことかと言うと、「運命の人」です。運命の人との出会いを夢見る、そんな「乙女心」が婚活の現場に失われつつあるんじゃないのかな、と思ってしまったのでございます。
 
 
誰かに運命を感じるとき、そこにはあらかじめ設定していた〈結婚相手の条件〉なんて風前の灯し火です。電撃が体を走り抜けるような衝撃と共に、「この人が、そうなんだ!」と思う、ほか、ない、そんな状態になっている、古い少女漫画のワンシーンみたいな事態です。
 
 
わたしが敬愛している恋愛の伝道師はこんなことを言っていました。「恋愛の醍醐味は、どうしてこんなやつと付き合うことになっているんだ?って相手と付き合うことになって、結婚することになっている、そんな不条理さに巻き込まれる感覚を味わうことです。」──これもあらかじめ思っていた〈自分の理想のタイプ〉なんて、ラブの前には役に立たなくなっているイメージですね。
 
 
肝心なのは、運命を感じる感度なのだと思います。こと恋愛に関してこの感度は「乙女心」だと言い表せると思うのです。そしてここで強調しておきたいのは、乙女心という言葉も含め、わたしがここまで色々言ってきたことは、あたかも女性だけを対象にして言っているように見えるでしょうが、男性も同じです。男性も乙女心があります。男性も乙女心に覚醒してほしいです。わたしもそうありたいと思っています。
 
 
わたし自身、パートナーとは「運命」によって結びついた関係だと感じています。そのように感じるその感度を指して「乙女心」と呼んでいいんじゃないかな、なんて思っています。パートナーのほうもわたしをそう思ってくれています。ラブラブです。私たちの関係に打算的な「結婚相手の条件」はありませんでした。
 
 
なんなら、周囲の反応には、どうしてこの2人がくっついたんだ?と、混乱してしまうものもあったくらいです。そんなわたしの乙女心ちゃんからすると、意外性はひとつのキーワードなのかも。運命はときに不条理なものです。その不条理にドキドキワクワクするのは、乙女心の賜物と思ってよいでしょう。
 
 
婚活の話から乙女心の話になってしまいましたね。
 
 
最後にこの一言を。
 
 
ひとよ、乙女心を抱け!
 
 
 

今日のメッセージ

 

ここではわたしと片割れとが共作した

オリジナルのラブ短歌カードを1枚引き、

それをメッセージとしてリーディングします。

 

書かれている短歌はすべて

わたしから片割れに向けて書いた

ラブレターになっています。

 

なので、すべての短歌が

パートナーを愛する想いの詰まった

愛の波動の高いメッセージになっていると思います。

 

 

 

  

    

やわらかにやわらかになる

かたまりは

わたしのこころ きみとのすべて

 

 

【リーディング】

あなたはやわらかくなる。

やわらかなそのかたまりは

心と呼ばれてあなたを知らせる。

ときどき固まりそうな時もある。

そんなあなたをやわらかにするのは

あなたが知ろうとしたあの人に向けた

あなたの思いや言葉や行いや愛によるもの。

 

 

 

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