波 | ひより軒・恋愛茶漬け

波2人


オトコはね、というのが

口癖の人だった。

はじめて

オトコの人のことを

教えてくれた人だった。


まだ泳ぐには冷たい海の

柔らかく

夕陽に染まった波打ち際の

振り返れば続く

2人の足跡の。


新調したワンピースは

あなたの好みどおり。

ストレートの髪は

胸までの長さ。


私はとても素直な生徒だった。


不安で。


寄せる波から逃げて

逃げる波を追って

はしゃいだ歓声を上げた。


転びそうになって

あなたにしがみつく。


オトコの人の

厚い胸板の

泣きたくなるような

日に焼けた肌の匂い。


 だけど。

不安で。


たぶん「かけひき」というコトバのせいだ。


潮風に乱される

私の髪を撫でながら

オトコはね、と

あなたは言った。


愛しすぎては、ダメなんだよ。

追いかけすぎては、ダメなんだよ。


 こんなにも好きなのに?


想いは深くしまいこんで。

 

私はとても素直な生徒だった。

あなたはとてもずるい先生だった。


波のように

2人のかけひきは

いつまでも

繰り返されるはずだったのに


不器用に逃げる私を

追いかけるはずの波は

気がつけば

もう二度と

私の脚を濡らさなかった。


そうして


オトコの人を

信じなくなった時

私は誰よりも

あなたの好きな

「かけひき」が上手になった。






「かけひき」が好きだという

オトコの人がいました。


その人がそういう時

私は黙って聞いていたけれど

心の奥では怒っていたんだと思います。


その人が本当に好きだったから。


怒って

必要以上に

その人を傷つけて


こんなものが欲しいの?と

声に出さずに聞いていたのかもしれません。