フランスの作家ロマン・ロラン(一八六六~一九四四)が書いた長編小説『ジャン・クリストフ』があります。  この小説は、ジャン・クリストフという架空の音楽家が、人生の苦悩と喜びを経験しながら、魂の成長を遂げていく過程を、八年かけて描いた作品です。作者ロランは、ベートーヴェン、ミケランジェロ、トルストイの各評伝を遺したことでも知られており、主人公クリストフの人物像は、まさにこの三人の偉人の生き方や思想がモチーフになっているのです。  正義感が強くて自分の気持ちに忠実なクリストフは、音楽界における党派の横行や、音楽家と批評家の癒着などを見ると許すことができず、相手が巨匠音楽家であろうが公然と批判します。政治に対しても同じで、間違ったことや嘘は絶対に許さない。それは私の心のなかに何十年と刻まれています。  そうした生き方ゆえに、クリストフはさまざまな圧力を受けますが、それに屈することなく立ち向かい、音楽家として成功をおさめます。私はこの小説を読んで、「自分はどう生きていきたいのか」を意識するようになりました。  小説の最後にクリストフは亡くなりますが、ロランはその第一〇巻の序文に力強い言葉を残しています。  「今日の人々よ、若き人々よ、こんどは汝らの番である! われわれの身体を踏み台となして、前方へ進めよ。われわれよりも、さらに偉大でさらに幸福であれ」(『ジャン・クリストフ4』豊島与志雄訳、岩波文庫)