1613年、『ヘンリー八世』の上映中に火災が発生し、
グローブ座が全焼してしまった。それをきっかけに、
ウィリアム・シェイクスピアは引退を決意し、
故郷のストラトフォード=アポン=エイヴォンに帰る

 

1613年、夏のある日、ロンドンはその日の熱気をまだ抱えていた。グローブ座はウィリアム・シェイクスピアの最新作『ヘンリー八世』の上映で賑わっていた。舞台上では壮麗な衣装を身に纏った俳優たちが熱演し、観客は彼らの言葉に息を呑んでいた。

しかしながら、その日の劇は悲劇で幕を閉じることとなる。第三幕の進行中、舞台の大砲の火薬が強すぎたためか、誤って屋根に引火してしまったのである。一瞬のうちに、炎は木造の建築物を飲み込み、観客たちは慌てふためく中、必死に外へと逃れた。幸いにも死傷者は出なかったものの、グローブ座は灰と化してしまった。

この事件は、シェイクスピアに深い衝撃を与えた。彼はこの劇場で数多くの作品を生み出し、成功を収めてきたが、突如としてすべてが灰になる様子を目の当たりにし、その無常を痛感したのだ。彼の心中には、これまでの劇作家としての人生を総括する思いが去来し始めていた。

翌日、シェイクスピアは故郷ストラトフォード=アポン=エイヴォンへの帰郷を決意する。彼はロンドンでの華やかな生活と舞台裏の喧騒を背に、郷里の静けさと安らぎを求めた。旅の途中、川のせせらぎや野鳥の声が、長年の疲れに蝕まれた心を癒していくことを感じていた。

ストラトフォードに到着したシェイクスピアは、古い友人や親族との再会を楽しみながら、残りの人生をゆっくりと過ごすことにした。彼は小さな庭で時間を過ごし、自然の美しさに触れながら、過去の自分の作品を読み返す日々を送る。時には新しい詩を書き留めることもあったが、もはやそれは公の場に出すためのものではなく、自己の内省と家族への愛情を込めたものであった。

シェイクスピアの心は、人生の新たな章へと静かに移り変わっていった。火災という惨事が彼の創作活動に終止符を打ったかのように見えたが、実際には彼の精神を新たな境地へと導く契機となったのである。