転向作家

終戦前後の約10年、ドストエフスキー、ニーチェを読み漁り、戦後『深夜の酒宴』でデビュー。小説は「昔共産党員」で「刑務所」帰りの「僕」を主人公に、荒廃した社会の「昼間でも薄暗い」安アパートでのうらぶれた人々の暮らしと、「幽霊」のように実体のない主人公の「堪へがたい現在に堪へてゐる」絶望の「重い」生をつづっている。国民服の僕は銀座の露店で塗装用の刷毛を売っての生活。近所の子供が栄養失調で死に、「隣のお上さんも、もう死ぬだろう」と考える。共同炊事場で「昨日の残飯をフライパンで焼飯」にするが、「明日はもう米もないのだ」。
 戦後文学の代表作は埴谷雄高の『死霊』、大岡昇平の『野火』、武田泰淳の『森と湖のまつり』、梅崎春生の『桜島』、堀田善衛の『広場の孤独』、安部公房の『砂の女』など。そうした中で『深夜の酒宴』に注目したのは福田恒存。多くの読者を獲得する新人作家と期待を集めた。
 1948年、37歳での『永遠なる序章』は、ニーチェ、ドストエフスキー、ハイデガー、キルケゴールなどの影響が見られる長篇小説。決定的なのはドストエフスキーの小説作りで、『悪霊』を現代風にアレンジした小説である。大きな反響を呼び作家的地位を確保し、「日本のドストエフスキー」と呼ばれるようになった。

日本のドストエフスキー

ドストエフスキーの何が、椎名に「救い」をもたらしたのかといえば、それはそこに、「突き詰められない人間でも、生きている価値はある」ということが語られていたからである。

ドストエフスキーの根底に、すべてを受け入れるものとしての「キリスト教」の思想を見たのではないか。だから後に、椎名麟三は、キリスト教に帰依する