自信の人☆ | 統合失調症の息子を見守る料理好きオヤジrenkxonの日記

本日のブログテーマは、

昨日に引き続き、

ラグーナ出版から出された、

「シナプスの笑い」 Vol.8 2009を読んで、

印象に残った言葉を書き記すことです。

 

 

詳しい内容は以下を参照してください。

http://www.lagunapublishing.co.jp/books/synapse8.html

 

以下、本文からの引用は赤字で記載しました。

 

p27-31  「自信の人」

文字文化研究所 特別講師 山本史也 から

 

 「自然」は「自ら然り(おのずからしかり)」、

「自立」は「自ら立つ(みずからたつ)」の意であり、

それぞれ「自」を副詞的に用いる。

 

しかし、「自信」とは、たんに自ら信ずることを

いうのみでない。

 

自ら、自らを信ずることをいう。

 

その用法は、「自愛」「自慰」「自衛」「自害」「自棄」「自戒」

などの語に通じて、

目的語のはたらきをも包む。

‥途中省略‥

 

 「自」の字は、もと鼻を表す形であった。

「鼻」字の上部に、「自」の形を見るのは、

そのためであり、

途中省略‥

 

それで、〔説文解字〕巻四上は、

「自」字を解して、「鼻なり。鼻の形に象る(かたどる)」と説く。

 

甲骨文は、「自」を、起点を示す語として用いる。

途中省略‥

 

もっとも典籍に至っては、(書)皋陶謨(こうようぼ)に、

「我が五礼を自ふ(もちふ)」と記す。

 

「自ふ」とは、犠牲を用いることをいう。

 

おそらく古く神に犠牲を薦めるに、

鼻血を用いる習慣があったものと考えられる。

 

その「自ふ」の意が、

なお「自」の本義を承けるものとしてよい。

途中省略‥

 

「信」は、「言」に「人」偏を加える形。

 

「言」は「口」の上に「辛」を置く形にほかならないが、

ただ「口」は、一般に説かれるような

口鼻の「口」ではない。

 

祈祷の文を封ずる器、すなわち「口(さい)」の形。

 

「辛」は、入墨の刑に用いる針の形。

 

「言」は、入墨の刑を懼れず

神明に賭けて誓う、その誓約のことばをいう。

 

「信」は、人が、神に誓いを立てて、

信誠を尽くすことをいう。

 

〔説文解字〕巻三上に、「誠なり。人と言とに従ふ」

と説くものの、ここには、

人のことばのみが、

信じるに値するものとする、

人間至上主義が、ほのみえている。

途中省略‥

 

当初、「信」は、

神に寄せる誓いであるとともに、

また、神に心身を任す、

その絶対的な信誠、信仰を示す語であった。

途中省略‥

 

もとより「信」は、強いて求めうるものではない。

また、行為を通して獲得しうるものでもない。

 

もし、作為によって「信」を獲得することが

あったとするならば、それは、

すでに矜持という名の「自信」でしかない。

 

「自信」をもち、つねに、その「自信」のさまを

誇示するような人物を、

私は好まない。

 

かえって、「自信」に満たされず、

よわよわと、ただ神に身を任せながら、

「清操」と「マコト」を守りつづけてゆく、

その実践のうちに、

あらためて「信」は、

自ずから注がれるものように思われる。

 

2日前、妻から電話があり、

「息子が元気無さそう」と話していたので、

私から夜遅くに息子に電話を掛けましたが、

出ませんでした。

 

昨夕も電話しましたが、

その時は、息子はでませんでした。

 

少し時間を置いてから息子から電話があり、

「元気にしてるで〜」と、

息子の元気そうな声を聴いて、

安心しました。

 

昨日の私一人の昼食

かけうどん

 冷凍うどん、だし汁、鶏卵、油揚げ、カニ蒲鉾、

 ワカメ、舞茸、春菊、青ネギ、七味唐辛子、

 とろろ昆布、生姜、だし醤油、みりん、塩、

 

 

今朝の私一人の朝食

押し麦ご飯(+納豆)

 精白米、押し麦、にがり、青ネギ、納豆、

鶏の治部煮

 鶏モモ肉、濃口醤油、酒、車麩、スナップエンドウ、

 だし汁、酒、みりん、小麦粉、練りワサビ、

豆苗と油揚げの炒め物

 豆苗、油揚げ、ごま油、酒、濃口醤油、米酢、

味噌汁

 だし汁、舞茸、油揚げ、白菜、春菊、味噌