最近、『距離を置いていた両親に会いに行ったキラキラ』なんていう記事を拝見します。

みんなそれぞれ歩み始めている。

ハートを揺さぶられます♡

 

両親と連絡を絶ち7年。

私もそろそろかと自分に問いかける。

でも時間、経ちすぎたかなあ・・・。

今更、何をどう切り出せばいいのか分からなくなってしまったというのが現状だ。

 

もう今は、何を思い出しても怒りも湧かないが・・・。

私を殴った時、両親は少しも心が痛まなかったのかと考えると、今だにやりきれない。

両親と私が、互いに心を入れ替えるような機会に恵まれていたらよかったのに。。。

そう思うと無念でならない。

 

 

今回は、父が65歳の時、駅前のバーのママに入れ揚げた時の話の続きです。

前回書いたとき、珍しいことに、(両親のことを考えると)こんなことホントに書いていいのかと迷いが生じ、中途半端のまま終わりました。

でも何だか気になる!

だったら書こうと思いました。

改めて、よろしくお願いいたします☆

 

父は退職後、家にいるのが耐えられないようだった。

工事現場の交通整理やマンションの管理人など、アルバイトをするようになった。

母も毎週、麻雀に出かけたり、田舎の同級生に会いに行ったりした。

私たち家族は、相変わらず顔を合わせると言い争ってばかりで・・・。

今思うと、みんなどことなく、家にいない方がいいと感じていたんだと思う。

 

父は週に一度、飲みに行くようになった。

駅前に現役時代から気に入っていた店があるようだったが、たまたまその日は満席で、向かいの店で飲んだらしい。

『夕べはとにかく楽しかった。』とかなんとか言って、朝から上機嫌だった。

それからはその店の常連になった。

 

元々、飲むと帰りが遅い父。

それでも2時、3時が続くと、母はピーン!ときたようだったこえ

すでに近くの店のママたちに、父が入れ込んでいる店の評判を聞いて回っていた。

『あのバカに、なんとか出来る女じゃないのよ。』

母は私に漏らした。

 

愚痴の相手、また私かよショック

と思いながらも・・・。

目の前で腹を立てている母を見ると放っておけなかったしょぼん

 

母曰く、『父が、誰とどうなろうが関係ないが、よその女にお金を使われるのが悔しい。』とのことだった。

 

今ならば母の言うことなんて、ただの強がりか本心なのか、分かったもんじゃないと思うけど。

その頃の私は、退職した父がお金の管理をするようになったと聞かされていて・・・。

母は毎月、食費として受け取る4万円で何とかやりくりしていると知っていただけに、母が気の毒だと思った。

 

そんな時、父の様子が何だかおかしくなっていった1105

 

毎日飲みに行く割に、すごく機嫌が悪かった。

 

『いつもカウンターに座っている男が気になる。』

 

父は、ママのことが一日中気になるご様子で・・・。

その人はママの何なのか・・・。

事もあろうに、母と私に聞いてくるようになった。。。11051105