インターネットの世界でどうしても外せない問題。

秘匿と言う言葉がついて回り、それで何かしらの問題が起こっている。


実際、私も利便性や秘匿性を利用して作品を出したり、ムカついたら毒づくなどやって来た。

ただ、私が念頭に置いているのは秘匿性があっても、お互い実際に会って穏便に会話出来る様なやり取りを心掛ける様にしている。

実際、私に起こった事だがあるコミュニケーションツールにて誹謗中傷めいた事を書いた人物にツールにて言い過ぎでは?と反論した事がある。

だが、それは私が甘い生き方しかしておらず、なあなあで生きて来たから甘いコメントが出来るんだ。と再反論された。

顔も見たことない人間に、コミュニケーションツール上で散々こき下ろされ、結局やりこめられた形になった。

私が生きて来た人生は、甘いモノだったのかもしれない。

ただ、違和感を感じた。

顔も見たことない人間に、自分の人生を全てを見せた訳じゃない。

1歳から今まで全てを話したのか?

たかが3~4度の文章のやり取りでレッテルを貼られるって何だよ。

と思っている。

まあ、私のボキャブラリが少ないってのもありますがね。

だからこそ、実際に会って、こう言う会話をしたらどうなるか。

それを想像しながらネット上でのやり取りを行っています。

秘匿性があるからと言って何でも出来るんじゃないよ。

…ってのは、私が甘いんですかね………。微妙。