9月11日といえば、
『アメリカ同時多発テロ』をどうしても思い出します。
その当時、深夜のテレビで、ワールドトレードセンターに飛行機が突っ込む映像を見て、
2000年に入ってすぐに、こんな出来事が起こるなんて❗️、と呆然として画面を見ていたことを思い出します。
その後は、数々の真実が浮かび上がり、大量破壊兵器も見つからず、突っ込んだはずの飛行機の機体の残骸すら見つからず、真実は公にはされていませんが、昨今のコロナ関係の動きを見ていると、
どうも全て鵜呑みにはできないことを痛感しています。
こうして、『陰謀論』?渦巻く9月11日ですが、この出来事以外で、自分にとってはとても大切な日となっています。
それは、母の命日だからです。
ちなみにアメリカで亡くなったわけではありません😅。
平成24年の9月11日の明け方に、お世話になっていた病院から旅立ちました。
それまで、約10年間寝たきりだった母でしたが、
起きることも、食べることも、話すことも出来なかった母でしたが、
それでも病室を訪ね、話しかけると、しっかり反応があって、
面白いことや思い出話をしていると、オチのところでリアクションしてくれました。
脳梗塞で倒れ、「1週間が山だ、それを過ぎたら生き延びられるけど、回復はしない』と言われてとてもショックでしたが、
すぐに旅立たず、10年もの間、一緒に過ごせたことは、ゆっくりとお別れする覚悟を決める時間をもらえたのだと思っています。
父と母から頂いたこの命。
母は亡くしましたが、自分の体の中に、母の思いや、繋げて下さったご先祖様の気持ちは詰まっている。
同じ9月11日に、たくさんの命を失い、
また、身近な大切な人の命を失うことで、
自分にとって、この9月11日は、ミクロとマクロの両方からみて、とても大切な日であることには間違いありません。
また、11日として見れば、東日本大震災も3月11日に発生したので、
今日は朝から、塔婆を立てて、身近な存在とともに、アメリカ同時多発テロの全ての犠牲者の方々と、東日本大震災の全ての犠牲となった方々のご供養、そして母の祥月命日の御供養をさせて頂きました。
母は、料理が上手で、なんでも美味しかったのですが、遠足の時など、よく作ってくれたキノコの炊き込みご飯も作って、お供えしました。
時空を超えて、祈りの気持ちが、全ての方に届くことを願いながら。
御供養が終わり、自分でも後で炊き込みご飯を食べてみましたが、昔食べていたような味ではなく、炊き込みご飯の奥深さと、
母にもっと詳しく作り方を聞くべきだったと、思いました。
何もなくても、何があっても、旅立つ時が来るまで、人は生き続ける。
いいことも悪いことも、必ず終わりが来る。
終わりがくれば、また新しい始まりがやってくる。
一つ一つ、しっかりと味わって、生きていきたいものだと感じます。