Jビート エッセイ987の159上

 沢田研二 「いくつかの場面」(アルバム『いくつかの場面』収録曲)をめぐって
       
   「いくつかの場面」(アルバム『いくつかの場面』1975年12月 収録曲)

      作詞/河島英伍
      作曲/河島英伍
      編曲/大野克夫


 三月末、年度替わりの頃。
 去りゆく冬とやってくる春に敬意を表して、今回は、沢田研二氏のキャリア中、最高の一曲を思い出そう。
 先日、特番放送があったBSトウェルビのテレビ番組「ザ・カセットテープ・ミュージック」。その「沢田研二コーナー」でスージー鈴木氏も涙ぐみつつ取り上げていた一曲。スージー氏ならずとも、「ジュリー・ファン」の多くが涙ぐんでしまう名曲。
 しかし、アルバム内の一曲なので一般的な知名度は高くない。しかしながらこの曲は、「歌手・沢田研二」・「大人気タレント・ジュリー」に対して、聴く者の感性のリトマス試験紙の役目をするほどの大きな曲なのだ。
 すなわち、パフォーマンスとしてこの曲を割り切って捉えるか、見果てぬ謎として隠された「人間・沢田研二」の人格の不測の表出として捉えるか。
 私は、前者と後者の間で揺れる人間性のようなものを見てしまう(※)。

 私の勝手な憶測だが、ジュリー・ファンという人たちの中には、彼の秘密めいた人格の現れに魅了されている人が多いのではないか。日本商業音楽史上最高峰のプロフェッショナル・パフォーマー・「ジュリー=沢田研二」氏には、普段は派手派手しくも美しくかたどられた仮面によって隠されている素顔が、不意に突出して感じられる時があるのだ。
 それは、彼のキャリアを後から見通しながら勝手に背負わせた誤解なのかもしれない。しかし、それは他のメジャータレントの誰よりも濃厚に漂っていた「気」だ。例えば、PYGの活動が解消されるころにリリースされた全曲の作詞作曲を彼自身が担当したアルバム『今 僕は倖せです』(1972年9月)。井上堯之バンドとの別れの季節にリリースされた「I AM I(俺は俺)」(この曲は、80年代の「新装開店・沢田研二」の嚆矢として放たれたシングル「TOKIO」のB面)。そしてこの曲…。これらにプライベートな感性を乗せて解釈するのは、音楽の楽しみ方としては確かに邪道なのかもしれない。
 しかし、それを承知で、あえて言う。
 これらの曲には、他の幾多の曲より生々しく、沢田研二リスナーの前に一人の人間としての「彼」の肉体が現れていると思う。
 中でも、特にこの曲は、と。

 曲としての「幾つかの場面」は、河島英伍の作詞・作曲。大野克夫によるアレンジでは、弾き語りのようなピアノの音を中心に、決して前には出て来ないように抑えられたバンド・サウンドが効果的だ。アルバムにクレジットされているメンバーを見ると、大野、井上のPYGのメンバーにして当時のジュリー・サウンドのお目付役二人の名前と、ショーケンのバッグ・パフォーマーにしてショーケン曲の作曲者としても印象深い速水清司の名前も見える。速水は、今から振り返るとショーケン曲でクレジットされているイメージが強いが、ジュリー曲にも関わりは強かったようだ。その他のメンバーはこのアルバムのほとんどの曲でセッションしている人たち。言い換えれば、三年前の『今 僕は倖せです』の時や、前年の「ワン・ステップ・フェスティバル」の際には井上堯之バンドの名でサポートしていた「実質PYG」は、このアルバムの製作時点では完全に解消してことが分かる。
 
 この曲を一聴して明らかなのは、ジュリーによるボーカルが、「歌」というよりは「語り」として展開していることだ。「字余り」どころではない。シャンソン風にしゃれた語りというのでもない。具体的な状況を畳み込むことを言葉数を合わせることよりも重視した結果であることが、如実に出ている。(以下、明日に続けます。)


※ 当ブログの公開中の「沢田研二・冷たく美しい「自分」への旅」の特に「結」の章で私が主張しているのは、そのような「揺れ」への感受性である。また、長文のそのエッセイ全体で近松門左衛門を引いて「虚実皮膜(きょじつひにく)の論」と言っているのは、「沢田研二」というタレントの持つ「メタ・タレント性」との戯れぶりをさしてのことだった。頼もしくプロフェッショナルだが、意気に感じて動きもする。とてもわがままだが、周囲への仲間意識が強い。自信がないように見えて、自分の商品価値には真剣…。そういう「演じるキャラー素の人格が何重にも重なって揺れ続けるところが、日本の商業音楽界にあって唯一無二の魅力だと私は思う。
 なお、件の「ザ・カセットテープ・ミュージック」(2022年3月20日)の中でスージー氏が語ったコメントには、私はほぼ全面的に同意する。
      

                            藤谷 蓮次郎
                    2022年3月28日
                                          (明日に続く。)