リピート公開

 J=ビート エッセイ987 ㊼

村田和人「昭和の夏」をめぐって

 村田和人&ヒズ・フレンズ 「昭和の夏」(アルバム『ド・ピーカン』2018年7月 より)
      作詞・田口俊
      作曲・村田和人
      編曲・村田バンド

      
 例年よりだいぶ早く梅雨がやってきました。急に蒸し暑くなったので、体が悲鳴をあげています。ダルいです。
 しかし、こんな時にもよいことはあります。確かに今が、やがて来る夏に向けて一歩進んだと感じることです。とはいえ、私自身は「夏」という季節が特別に好きなわけでもないのです。ですが、「夏」を愛する人たち、「夏」になると最も生き生きとする人たちを想起し、楽しみな気持ちになれます。
 そういった人物の代表選手が、我が愛する「ポップ・マエストロ」杉真理。そしてその彼が、彼よりも暑さ好き、夏好きだったと挙げる男=故・村田和人。
 彼については、CMで有名な代表曲「一本の音楽」のことすらほとんど知らなかった私ですが、杉氏との「アロハ・ブラザース」などで気にしてはいました。
 しかし、私が仕事を始めて数年経ち、お金も時間も少しだけ自由に使えるようになったころには、彼はあまり人目につく活動をしていなかったようです。亡くなった後になって知ったのですが、彼はその早すぎる晩年、後進の指導に舵を切ったようで、学校の講師などを務められていたようなのです。
 そういうわけで、杉氏周辺のミュージシャンという印象はありましたが、長い間、私は彼と彼の音楽をほとんど知らないでいました。

 ここに取りあげる「昭和の夏」という曲は、村田さんの死を悼んで集まったミュージシャンたちが作りあげたアルバム『ド・ピーカン』の最初に収録されている曲です。アーティスト名のクレジットは、「村田和人&ヒズ・フレンズ」となっていますが、村田さんの遺したメロディーを「フレンズ」たちが演奏し、歌うことによって作られている一枚です。その中では例外的に「昭和の夏」は村田さん自身が歌っています。つまり、この曲は、村田和人さんの最晩年のボーカルが聴ける曲だということになります。
 
 田口俊さんによる詩は、「夏祭りのカラーひよこ」を「ニワトリ」へ育てることを夢みるような昭和の少年が、少しずつ世の中の裏表に自分自身の甘さを噛みしめながら、成長してきたことを振り返る内容です。何度も苦い思いをしながら、「♪何歳でも未来はときめく」と歌うように、彼は本質的な精神の明るさを失いません。田口さんは村田さんの曲を聴いて詞を書いているのですから、このような田口さんの詞世界が、村田さんの曲によって導かれたものであると考えることは、ある程度妥当でしょう。曲の本質的な明るさは、村田さん自身のメロディーがもたらす印象ということなのです。
 多くの人は、村田さんの大きな武器はその声だと言います。『ド・ピーカン』を何度か聴いた後に、私は初めて「一本の音楽」を聴きました。すると、両者の声の色合いはかなり違うと感じました。
「昭和の夏」の声質は随分柔らかく、少し枯れた感じもある優しそうな中年男性の声ですが、「一本の音楽」は、割れる部分のない、クールな声。山下達郎氏のコーラスを務めた美声の持ち主というイメージは「一本の音楽」のシンガーにふさわしいようですが、歌詞の内容といいボーカルの見事さと言い、「一本の音楽」は、全てカッコよく整えられています。聴いていて、心地よさ満点です。ですが、「昭和の夏」の力みの抜けた包容力にも、私は魅力を感じます。
 CDの最後には、「君という海」というボーナス・トラックがついていて、この曲でも村田さんのメロディーを彼自身のボーカルで聴くことができます。とはいえ、このアルバムのほとんどの曲は、2016年2月22日の彼の死去を受けて友人たちが作ったものなので、それ以外の収録曲は、全て家族や友人、仲間達が演奏し、歌ったものです。
 村田さんのメロディーはどれも親しみ易く、すぐに口ずさみたくなるほど、キャッチーなものばかりです。それでも実は、コードの展開などに玄人筋をうならせるような意匠が凝らされていることもあるそうなのですが、基本的には、屈託なく楽しめ、酔える曲が多いなあと感じます。特に、これから不快指数が上がりまくる季節には、アルバムの前の方に収められている曲が、清涼剤の効果を発揮することでしょう。2曲目「(Nothing's gonna change)Lovely Days 」や、4曲目「南の島の結婚式」、5曲目「One and Only」などはオススメです。また、もう少し季節が進んで夏の終わり際に近づけば、後半に収められた曲たちが、この世界の景色をちょっとだけ爽やかで親しみやすいものにしててくれるでしょう。

 私はこのCDを、三・四年前、杉真理さん、伊豆田洋之さん、山本英美さんのお三方が行っている「ピュア・ミュージック」というライブの会場で買いました。そこで、この方々が村田さんの死を心から悼み、悲しんでいることを、生々しく感じました。その時は、たしか山本さんが「一本の音楽」を歌われたはずです。それも、ライブのクライマックスか、アンコールかで。
 ああ、ミュージシャンっていいなあ。曲を歌うことで、いつまでもその人と一緒にいれるんだ。この人たちは、今、村田さんと一緒に生きているんだなと、そう思った帰りがけに買ったCDです。
 私がこのCDをかける度に、村田さんの声が聞こえます。
    ♪ 人を愛し 僕は知ってる
        幸せは人それぞれだと 
 今、私がこうして村田和人さんと日々出会えるのも、たぶん人から人への一つの「愛」の形ですね。それもまた、私なりに生きている「幸せ」なのだと感じています。

                         藤谷蓮次郎

                          2021年5月18日

再公開 2022年4月25日