20代最後の日を。 | Яe:ホリデイ。

20代最後の日を。


あぁ、いつのまにか時間は流れて、
あっという間に20代も最後の日に。


山奥で生きていた少年が、情報テクノロジーと性的好奇心に触れたことで、目に見えない「普通」を穿つようになり、
唯我独尊、文字通りはみ出しモノみたいにころころ転げて生きていたら10代も終わり、20代も終わろうとしている。

変わったのは、周りの目で、自分自身ではないような気がする。
年齢に伴って自分の目つきが、話し方が、行動が説得力を帯びたように錯覚させているのだ。

自分はとにかく、自身を紐解いて開いて、自身を知って、その上で何か自身を激しく強制することなく、自身を信じてきて。よかった。

水に、流されなくてよかった。
見ずして、流されなくてよかった。
ヒトの群れに、流されなくてよかった。
廉太を諦めなくてよかったんだ。

他人の言葉に、目に映る光景に、その時の環境に心が、感情が縦に横に跳ね動きまわることは自然となくなったけれど。
ちょっと図太く、好きな場所でだけ生きちゃうけれど。

30歳になっても、きっと廉太は廉太を辞めずに生きていくんだろうと、それだけは確信的である。

30年間のパレットに乗せられてきた絵具を混ぜ合せたとしても、決して黒一色にはならないと、信じられるから。


人格の唯一性を形成してくれたのは、いつも付き添ってくれた周りの友人と、駄作の声と見切りをつけなかった家族。

そして活字のサンドバッグとして地味に15年間続けているブログを、見守ってくれている貴方である。

結局30年間で1番心に残る思い出は、いつでも人に支えていただいた光景です。
唯我独尊を豪語する人間が、身近な人を敬っちゃう。
その矛盾のスキマに、人生と心が詰まってる気がします。


ありがとうございます。
ホントにいつも毎度、ありがとうございます。


そしてまた、これまでのまま、いってきます。