大きなことを成し遂げるために、力を与えてほしいと、神に求めたのに、
謙虚を学ぶようにと、弱さを授かった。
より偉大なことができるようにと、健康を求めたのに、
より良きことができるようにと、病弱を与えられた。
幸せになろうとして、富を求めたのに、
賢明であるようにと、貧困を授かった。
世の人々の称賛を得ようとして、成功を求めたのに、
得意にならないようにと、失敗を授かった。
人生を楽しもうと、たくさんのものを求めたのに、
むしろ人生を味わうようにと、シンプルな生活を与えられた。
求めたものは一つとして与えられなかったが、願いは全て聞き届けられた。
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず、全て叶えられた。
私はあらゆる人の中で、もっとも豊かに祝福されたのだ。

ニューヨークのとある壁に書かれた文



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【分析】
論理が単純に描かれている

主体→自分
客体→全知全能の神
目的物→お金、健康、賞賛
手段→祈り、願い

ところがその結果に対して神は冷酷に応えた
→病、貧困、弱さという反対概念

それを受け入れる過程で
謙遜
奉仕
賢明
感謝

の尊さこそ何物にも代え難いことに気が付いた=気が付かされた(受動形)

よって、
【結語】
神に感謝

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全知全能の神に対し
社会的物理的利益を求めたが
逆のもの、別のものを与えられた

ならば神に裏切られ、見捨てられたというべき

だとすれば
この詩は
普通ならダメな人の挫折感を描いた恨み節で終わるはずなのだが
「過程において」
ある時素直に現実を受け入れることが出来たらしい

それに気がついた時のこと、
その心的状態を描いたものなのだろう

人生はいつも過程の中にあり
行きかう人もまた旅人なり


雹(ひょう)は直径5mm以上の氷の粒のことで、霰(あられ)よりも大きなものを指します。積乱雲の中で作られるため、ひょうが降るのは夏頃が多いそうです。小さなひょうは植物の葉を落としたりするだけなのですが、大きなものはガラスを割ったり、人間にケガをさせるなどの大きな被害を出すこともあり、時には死者を出す事故も発生しています。

海外で、ひょうがプールに降り注ぐ様子を撮影した動画が公開されました。プールには誰もいないので被害は出ていないのですが、ひょうがどれほど危険なのかが水面の波打ち具合からうかがえます。

動画の再生は以下から。
http://www.break.com/index/pool-bombarded-by-incredible-hail-storm.html




これはわずか5分ほどの間に起きた出来事。ひょうが降り始めたらすぐに屋内に避難しないと危ないということがわかりますね……。