幸福になるためには、
「受け入れる」能力が特に大事ではないかと思います。

そして
「いいことを受け入れる」ことも含めるので、なおさらです。

いいことは喜んで受け入れる(幸福を感じる)
悪いことは現実として(心静かに)受け入れる

受け入れる対象もいろいろあります。

悪い出来事、恵まれていない環境、運が悪いこと、悩みや問題、
自分の欠点、自分がした悪いこと、自分の悪感情、自分の悪い考え、
人の欠点、人がした悪いこと、悪い運命、・・・

このような悪いことは「こういうこともある」のように
あるがままに受け入れられればいいのです。
これらの反対の「いいこと」は喜んで受け入れらればいいのです。

受け入れることで心がいいほうに変わってから、
次のことを考えたほうがいいのです。
そのことに関して自分にできることがあるのなら、
現実的な目標をもって努力すればいいでしょう。
そのままでもいい場合、何もできない場合には、
他の幸福になれることを始めればいいでしょう。

できれば、悪いことも「あっていい/よかった」と
受け入れられるようになると、なおいいでしょう。
たとえば、
「このことで自分の幸福に気づくことができた」
「このことをきっかけに幸福に向かうことができる」
「このことがあったからいい出会いがあった」
「いい経験になった」「自分が少しは成長できた」
「不幸があるから、より幸福がわかる」。
「受け入れる」能力は、心がけを続ければ
少しずつ磨いていけるものだと思います。






努力は人を裏切らない

諦めなければ たいていの夢は叶う。

叶うまで諦めなければそれは100%保障されている。
「文脈力」とは、連なる意味をつかまえる力、正しく意味を読み取る力、場の空気を読み取る力

文章とは実態のある生き物のように扱うことができる。

他人と同じ用に100%理解しようとすると大変苦労する。

それが難解な文章になればなるほどである。

文脈の意味を捕まえることはつまりその文章を理解することである。

噛み砕き、そして自分の中で消化し対話しあえる状況まで持っていく力

自分の力として活用できるとこまで吸収し応用できる力が文脈力なのではないだろうかと思ってます。

文章力を応用すれば文章、言葉、会話の空気を読む力、一つ一つの単語を丁寧に読み解き

内容を理解するにとどまらず本人の言いたいことを理解できるのではないのだろうか

コミュニケーション力が上がるのではないだろうか。



会話のでのコミュ力とは話そのものを把握する力であり周辺事情を理解し記憶し整理する力。物事の仕組みを理解するのに応用できると思います。

今何が必要とされているのか? 

を理解しながら理解→応用→適用→反応→さらなる理解となると思うんですよね。

んで頭が良い人ってのは一つの事象から深くを理解することができると思うんですよね

1言って10理解するとはこのことだと思います。

そして結論。

頭がいいよは文脈力である となるわけです><

寝起きに書いたので何とも言えないけどとりあえず殴り書きしてみました・・・