正しさとは、正義とは | 蜜蜂と銃 〜タロットと数の言霊〜

蜜蜂と銃 〜タロットと数の言霊〜

あの世とこの世と数とタロット占い。

原稿の締め切りに追い立てられ、売れっ子作家気分の柏木です。
昨夜は知恵熱ならぬ知恵凝頭痛に襲われ、ブログも更新しないまま寝てしまったのでした。
みなさんも普段やりなれないことをする際は追い込まれないよう、入念に準備しましょうね。

今回(シーリズ化はしてませんよ)は『正しさ』とか『正義』を考えてみます。
今日は軽く行きます、安心してくださいね(苦笑)

タロットでは【08:JUSTICE 正義】がまさにそれを表していますが、正義とはいったい何なのか。辞書では「人の道にかなっていて正しいこと。人間の社会行動の評価基準」とあります。

解るようで、でも明確な基準を持つことは難しい…。
そもそも人の道とは何なのか、私にはまだ解りません。

『正しさ』はその時々。時代や国や文化によってその姿を変えると思うのです。一夫一婦制の日本では重婚は犯罪ですが、アフリカのとある国では一夫多妻制もあれば一妻多夫制も存在しています。

気持ちの部分を考えたとき、多妻多夫同士の嫉妬は少なからずあるかもしれません。が、一定の生活水準を保つための制度であるでしょうし、その国の社会行動の評価基準としてはまさに『正義』と言えるでしょう。

現場の意見を尊重し反映する企業トップの判断が常に正しい、正義とは言えません。その逆もしかりです。会社は人間が営むものですから、人の道から外れた企業は社会からは賞賛されません。しかし武器製造を生業とする企業が存在しています。これら兵器産業に携わる会社であっても見る角度を変えれば誰の正義の為に産まれたのです。身を護るために作られた武器が侵略に使われる矛盾を同時に抱えたまま。

『正義』を断固として貫くには横たわる矛盾や道徳観、文化の違いを乗り越える必要があります。平和の為といいなが暴力を振るう矛盾があるのです。平和を祈って無抵抗に殺される矛盾があるのです。

『正しさ』とか『正義』は誰の心の中にも存在している筈です。部下の信頼を得られない上司にも、現場をまとめるマネージャーにも、最前線で働くスタッフにもそれぞれの正義があると思うのです。「自分は正しい」と思い込むことで保つ精神の安定を『正義』と呼ばせない権利は誰にもないと思うのです。

私にも私なりの『正しさ』とか『正義』が心にあります。私を知り『正しくない』と評価する人がいても不思議ではありません。人の数だけ正しさが在ることを否定できないのです。

あまりにも自分とかけ離れた相手の正しさを認めることは難しいかもしれません。社会行動の評価基準とは大勢多数の意見にしか過ぎません。多勢がいつも正しいとも限りませんし、少数が革新的で優れた意見とも限りません。

そんな中でもぼんやりと考えてみたとき「相手の意見を偏見なしに聞く」ことくらいしかできないだろう、と思うのです。そしてお互いの正しさを尊重できる関係を築くため、手を取り合いたいと願うのかもしれません。