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Theater 𝓡𝓮𝓷𝓭𝓮𝔃𝓿𝓸𝓾𝓼

【2025 - No.41】

 𝐄𝐦𝐦𝐚𝐧𝐮𝐞𝐥𝐥𝐞 

エマニュエル

フランス・アメリカ 107分 2024年

 

(Photo: via IMDb)


70年代に大胆な官能描写で話題を呼んだ「エマニエル夫人」が半世紀の歳月を経て生まれ変わった。今回メガホンを握ったのは予期せぬ妊娠に悩み戸惑う女子学生の姿をこれまでになくリアルに撮り非常に高い評価を受けた「あのこと」の監督オードレイ・ディヴァンである。本作にて彼女はどのようにエロスと向き合ったのか



  「エマニエル夫人」の記憶

裸体に近い恰好で脚を組み籐椅子に腰掛ける「エマニエル夫人*1」の有名なビジュアル広告は劇場公開された当時小学校低学年だった私の脳下垂体を揺さぶった。それはルパン三世ファーストシリーズの第一話*2で峰不二子の服が引き裂かれマジックハンドで躰をくすぐられる場面を目にしたときと同様に強く「性」を意識させるものであり謂わば私の少年期におけるヰタセクスアリスと云っていい。未だにタイトルロールを演じたシルビア・クリステルの名前を聞くと妙な胸騒ぎがするのも恐らくその名残なのかもしれない


(Photo: via IMDb)

  外交官の妻からビジネスウーマンへ

このリブート版での原作小説の位置づけはエマニュエルのキャラクターと彼女が巡る官能体験の枠組みを用いた基本アイデアに過ぎず、監督とレベッカ・ズロトヴスキが共同で執筆した脚本はほぼオリジナルと考えていいだろう

 

旧版では外交官夫人だった主人公が新版では舞台となる香港の高級ホテルを管轄するオーナー企業の品質管理課に属す独身ビジネスウーマンとして描かれているのが大きな特徴だ。またその高級ホテルのマネージャーも女性が担っており、これらの点に現代風カラーを織り込みながらも、有能な女性マネージャーを失脚させるべくエマニュエルにホテル管理上のアラを探すよう命じる上司が男性である部分に、結局のところ社会構造の根幹は従来と何も変わっていないのだ、と云うディヴァンとズロトヴスキの皮肉めいたメッセージが浮かび上がる


(Photo: via IMDb)


  ノエミ・メルランの果敢な挑戦

当初エマニュエルにはレア・セドゥが配役との声も聞かれたが、最終的には「燃ゆる女の肖像」で一躍脚光を浴びたノエミ・メルランが扮した。本作はともすれば性愛シーンばかりに注目が集まりがちだが、此度の彼女のアプローチにおいて最も賛辞を贈るべきは、全篇の台詞が一部を除き英語の物語、しかも対話シーンではカットを割らない長回しが多用されるなかで終始流暢に言語を操り新時代のエマニュエルを演じてみせたことなのではなかろうか。そのあまりに自然な話しぶりについメルランがフランス人であるのを忘れそうになるくらいだった

 

ヴィーナスやアフロディーテが地上に舞い降りたかと思わせるプロポーション(身長176cm)の彼女が着こなす様々なファッションも見所のひとつだ。特に終盤で身につける深紅のドレス姿はあまりに美しく、煩悩に丸ごと支配された人間どもを瞬殺する。80、90年代が青春真っ盛りだった私には懐かしく映るショートソバージュの髪型も大変よく似合っていた(ネオソバージュは最新のトレンドだそうな)


(© 2024 - CHANTELOUVE - RECTANGLE - PRODUCTIONS - GOODFELLAS - PATHÉ FILMS)

  ソリッドな鎧を纏う女

劇中エマニュエルが電話越しにフランス語で言葉を交わす女性をどう捉えるか、ここに物語を理解する鍵があるのではないか。この相手が何者かは言及されておらず全ては観客の想像に委ねられているが、会話の内容や受け答えの態度から察するに別れたばかりの同性パートナーのような気がする。もともとの性的指向がバイセクシャルならばホテルのプールで出逢う東洋人の若い女ゼルダにエマニュエルが惹かれた理由も説明がつく

 

行きずりの男との飛行機内トイレでの交接やホテル宿泊客との3Pなど傍目には可成オープンなエマニュエルだが、彼女の頭のなかでは常にそれらを客観視しアナライズするもうひとりの自分がいてセックスを含む人生自体を愉しんではいない。多分そのことはエマニュエルも自覚しており(元恋人と別れたのもそれが要因?)心の何処かでそんな殻を脱ぎ捨てたいと願っているみたいに見える


(© 2024 - CHANTELOUVE - RECTANGLE - PRODUCTIONS - GOODFELLAS - PATHÉ FILMS)


  あらゆる欲望を失った男

エマニュエルにとってゼルダと共に気になる存在が高級ホテルを定宿とするミステリアスな男シノハラだ。セックス、食、睡眠の全てに興味を失くした彼は毎晩猥雑な街の一角へ足を運び無為に時をやり過ごして夜を明かす。エマニュエルをエロス(生の本能)の象徴とするなら、シノハラはタナトス(死の本能)を象徴し、陽と陰の二人が互いに引き寄せられるところにこの作品のテーマたる”人間の二面性”(フロイトが提唱した概念)が表されていると云えよう

 

エマニュエルがシノハラの外出中に部屋へ入り、湯が張られたままのバスタブに浸かってその水を呑み、後刻彼の耳元で「あなたの味がした」と囁くシーンは女性監督ならではの強烈なエロティシズムを感じさせる


(© 2024 - CHANTELOUVE - RECTANGLE - PRODUCTIONS - GOODFELLAS - PATHÉ FILMS)


  自らの解放とエクスタシー

シノハラが投げかけた「外界へ出ろ」のメッセージに応えエマニュエルは或る決意をしたうえでホテルを飛び出し彼を探し求めて香港の雑踏に足を踏み入れる。カオスに身を委ねた彼女が道徳や規則、社会通念などのあらゆる縛りから自らを解き放ち究極のエクスタシーを体感するこの終盤のパートには監督の強い主張が窺え、そこには前作「あのこと」との繋がり(性行為が持つ生殖及び快楽の表裏一体な側面)も垣間見える。従って「あのこと」と「エマニュエル」は決して天地かけ離れた内容ではなく底辺では共鳴しあう作品であり、それは世界のなかでも女性フィルムメーカーの活躍が際立つ仏映画界の牽引者オードレイ・ディヴァンが手掛けたFEMALE二部作と呼んでもいい。彼女の次回作への期待は膨らむばかりだ


(© 2024 - CHANTELOUVE - RECTANGLE - PRODUCTIONS - GOODFELLAS - PATHÉ FILMS)

原題 Emmanuelle

監督 オードレイ・ディヴァン

脚本 オードレイ・ディヴァン, レベッカ・ズロトヴスキ

撮影 ロラン・タニー

編集 ポリーヌ・ガイヤーヌ

音楽 エフゲニー・ガルペリン, サーシャ・ガルペリン

出演 ノエミ・メルラン, ウィル・シャープ
公開 2024.09.25 (仏)/ 2025.01.10 (日本)

評価
〈演出〉★★
〈脚本〉★★
〈撮影〉★★
〈音楽〉★★★
〈配役〉★★
〈総合〉★★★★★★★☆☆☆
弦楽器を用いたスコアが印象深い

(© 2024 - CHANTELOUVE - RECTANGLE - PRODUCTIONS - GOODFELLAS - PATHÉ FILMS)


  Talk about various topics

大学の英文科に籍を置き、頻繁にホテル内プールを利用するゼルダの読む本がエミリー・ブロンテ著「嵐が丘」である。もしやこの小説のなかにも「エマニュエル」の話を理解するポイントが隠されているのではないかと思った私は早速「嵐が丘」の新訳を取り寄せ頁を繰り始めた(目を通すのは実に20年以上ぶりだ)。「嵐が丘」はこれまでも何度か映画化されてきたが来年度にまた新たな作品の公開が控えている。監督は「プロミシング・ヤング・ウーマン」のエメラルド・フェネル、ヒロインのキャサリン役をマーゴット・ロビー、永遠の恋人ヒースクリフをジェイコブ・エロルディが演じる。ヒースクリフは何となくワイルドな魅力に溢れたイイ男のイメージで流布されているが実はとんでもなく性格の悪い奴。フェネルが彼をどう描くのか興味が湧く


  Past Review 

ノエミ・メルラン主演作/ 2023年1月掲載

  Short Review

【2025 - No.39】

あのこと

フランス 100分 2021年

中絶が違法とされた60年代のフランスで妊娠した女子学生の苦悩をノーベル賞作家アニー・エルノーの自伝小説をもとに映像化(エマニュエルの姓がアルノーなのはアニー・エルノーを意識してか)その余りの生々しさに卒倒した男性観客もいたそうだが成程頷ける。これほど主観的に、そしてリアルに中絶を扱ったフィルムは過去に存在せず(男の監督ではまず撮れない)オードレイ・ディヴァンが撮るべくして撮った映画とも云える。最後の場面、主人公のクラスメイトはあの状況でよく臍の緒が切れたものだと思う。私自身も息子と娘が産まれる際に立ち合い二人の臍の緒を切った経験はあるが、もし映画と同じシチュエーションならば足がすくんでしまい「ノー」と断ったかもしれない。主役のアナマリア・ヴァルトロメイは確かな演技力の持ち主で今後の活躍がとても楽しみだ(彼女は最新作「タンゴの後で」においてマリア・シュナイダーを演じている)★★★★★★★☆☆☆

 

(© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS  - FRANCE 3 CINEMA - WILD BUNCH - SRAB FILM)

  注釈

1.「エマニエル夫人」

1974年12月日本公開。監督はファッション系の写真家ジュスト・ジャカンが務め、主役には無名のオランダ人俳優シルビア・クリステルを起用。低予算ながら本国フランスを始め世界各地でヒットを記録した

 

2.ルパン三世ファーストシリーズ第一話

1971年10月24日(日)19:30より「ルパンは燃えているか」の題名にて放送され、当時4歳だった私は訪れていた祖母の家でたまたまこれを視聴。子供心に見てはいけないものを見たみたいな気がしたのを覚えている。この放送回については私と同世代の大槻ケンヂ(筋肉少女帯)もエッセイに記していた